アニメ映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(外崎春雄監督)が、日本映画史に金字塔を打ち立てた。16日の公開初日から3日間の興行収入(興収)は46億2311万7450円、動員は342万493人で、各日の興収、動員は平日、土日のいずれも、日本国内で公開された映画の興行収入と動員の歴代1位。驚異的な大ヒットを、記者はロケットスタートならぬ“鬼スタート”と書いた。

取材の合間をぬって、都内のシネコンに足を運び「劇場版 鬼滅の刃」を観客として見た。映画記者、ライターとして日本映画史に残るムーブメントの渦中に身を置き、体感したかったからだ。記者が見たのは平日午後だったが、ほぼ同時間帯に他の2スクリーンで上映されていたにもかかわらず、333席あるスクリーンの6割以上が埋まっていた。特に、スクリーンの中央から後方の中央エリアの席は、ほぼ満席だった。

そのシネコンは、立ち上げ段階からアニメファンをターゲットとして明確に打ち出していたため「鬼滅の刃」との親和性も高いと予想していた。ただ、客層は授業が早く終わって駆け込んだとみられる高校生らしき学生をはじめ、下は10代から上は70、80代くらいまで幅広い年代、カップル、夫婦、友達同士、そしておひとり様までと幅広かった。

映画も、実にすばらしかった。そもそも、累計発行部数1億部を突破した、吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏の原作漫画は、社会現象的な人気を巻き起こしていた上、19年にTOKYO MXをはじめとした独立系のUHF局やBS11、地方局の深夜帯で放送されたアニメも、制作会社「ユーフォーテーブル」の作り上げた映像が、実写さながらだと評価が高かった。

今回の映画は、19年9、10月に放送されたアニメ最終話で、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)と仲間たちが乗り込んだ“無限列車”での戦いを描いた。線路を疾走する無限列車を描くシーンや、列車の外や野外で展開されるド派手な戦闘シーンは、3DCGでリアルさを前面に出す一方、炭治郎をはじめ鬼殺隊の面々が互いをいじり合う場面では、キャラクターを2Dでコミカルにデフォルメして描いていた。

これまで、アニメを継続して取材してきたが、漫画をアニメ化した作品を映画化した場合

(1)原作の物語、キャラクターを損ねず、いかに原作ファンを取り込めるか

(2)アニメから入った、アニメが好きなファンの心を、いかにつかむか

という部分をクリアした作品が、初動で多くの観客を動員し、かつリピーターもゲットして興収を稼いでいる印象があった。

一方で、原作ものの場合、原作を読んでいない人を、いかに取り込んでいくかというところが課題になってくる。連載が長期にわたったり、原作が並外れた人気を得た作品の場合は、原作に新たに入ることへのハードルも、より高い。

公開前から「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」が一定以上の興収を稼ぐとは思っていた。歴史的な成績を上げたことを受けて、取材していく中で、カップルや友人など複数名で見に行った観客の間で「ファンに連れられて見に行き、はまってしまった」という人も、少なからずいると肌で感じた。「原作を知らなかったけれど、物語が本当に面白いし、映像がすごかった」との声もある。先述した3DCGを多用したシーンは、実写映画さながらの質感があり、そこも原作を知らない観客のハードルを下げ、純粋に1本の映画として楽しませた可能性があるとみる。

新型コロナウイルスの感染拡大で、政府が4月7日に7都府県に緊急事態宣言を発令後、全国に拡大してから1カ月強、全国の映画館は休業に追い込まれてきた。「鬼滅の刃」を上映している映画館にとっては、落ち込んだ収益を取り返す好機となっていることは間違いない。

それ以上に「映画館は“3密”ではないか?」という、誤ったイメージの払拭(ふっしょく)に、「鬼滅の刃」は大きく貢献していると言えるだろう。TOHOシネマズが5月15日に青森から鹿児島までの8県10館の営業を再開したのを皮切りに、各地で映画館が営業を再開したものの、スクリーンに窓がない映画館は、興行場法に基づいた機械換気設備を設置し、スクリーン内の空気を入れ替えていても“3密”になるのではないか? と誤ったイメージを持たれていた。

9月19日に政府がイベントの開催制限を条件付きで緩和しても、コロナ禍以前の客足は、なかなか戻らないという声も多かった。その映画館に、観客が以前のように足を運ぶようになったことに、映画業界関係者の間からは賛辞の声が相次いでいる。

一方で、全国3403館(IMX38館含む)という異例の規模で公開されている裏で、同時期に公開された新作が“割を食っている”部分があるのも、また事実だ。例えば、都内のTOHOシネマズ新宿では「鬼滅の刃」初日の16日に全12スクリーン中、11スクリーンで計42回、翌17日も41回上映された。

23日のTOHOシネマズ六本木ヒルズでは、公開2週目の「鬼滅の刃」が9スクリーン中5スクリーンで17回上映された。一方で、この日、初日を迎えた河瀬直美監督(51)の新作「朝が来る」は1スクリーンで4回上映された。新作映画が公開初週に、1日4回上映というのは悪くない数字だが、公開2、3週目と、まだまだこれからという作品でも、1日1、2回の上映にとどまっていた。六本木に限らず、他の劇場でも、状況はさほど変わらない。

「鬼滅の刃」と公開日が近い、ある映画の関係者は「鬼滅は仕方ない…というのが正直なところです。映画館も、コロナ禍の損失の穴を埋めるためにシャカリキになるでしょうから」と語る。自社の作品の成績を脇に置いても「鬼滅の刃」が日本映画界に元気を与えていることを、前向きに捉えている声を聞くと、映画記者、ライターとしては、胸にチクッと刺さるものがある。

そんな中、今週に入り、ツイッター上で「『鬼滅』が混んでいたので、他の映画を見てみたら、すごく楽しかった」というツイートを幾つも目にした。何だか、うれしくなった。「鬼滅の刃」によって、コロナ禍の中で感じていた抵抗感を乗り越え、映画館に足を運んだ観客が、改めて映画の楽しさを実感している。

“鬼滅効果”で、1人でも多くの人が映画館に足を運び、映画を見て、コロナ禍で疲れた心を癒やし、楽しみ、感染予防対策をしっかりした上で、また映画館に足を運んで欲しい。それが、映画記者、ライターとしての願いだ。【村上幸将】