歌舞伎俳優で人間国宝の坂田藤十郎さんが88歳で亡くなった。上方歌舞伎の第一人者で、歌舞伎俳優らで構成する日本俳優協会の会長でもある。歌舞伎界のトップに立つ、まさに重鎮だった。

7年前、歌舞伎座が新開場した時、こけら落とし公演前に、俳優や舞台に携わる関係者が一堂に会する「古式顔寄せ手打ち式」があった。舞台上に俳優174人を含む総勢210人がずらりと並んだ。圧倒されるその光景の真ん中にいたのが藤十郎さんだ。扇の要とでも言おうか、びしっとした姿がかっこよかった。「新たな歌舞伎、創造の歴史をつくっていく覚悟」と力強くあいさつしたのをよく覚えている。

一転、舞台ではみずみずしく女性を演じた。14年に、60年演じた当たり役の「曽根崎心中」のお初を演じ納めた。藤十郎さんは当時82歳だったが、本当にかわいらしかった。次男中村扇雀いわく「いつも初役のように準備をしていた」そう。新鮮な気持ちが、お初の役作りにつながっていたのだろう。

「伽羅先代萩」の政岡も当たり役だった。乳人(めのと)の政岡が、命をかけて主君を守った息子に「でかしゃった、でかしゃった」と言う場面、悲しすぎる場面だが、藤十郎さんのこのせりふが聞きたかったと思う見どころだった。

今年1月に入院した後も、舞台のことを考え続けていたという。藤十郎さんの役者人生からしてみたら、記者が触れたのはほんのほんの少しだが、それでも多彩な表情を見させてもらった。