女優人生32年の渡辺真起子(52)が、目の前で大粒の涙を流した。

渡辺は、20年12月28日に発表した第33回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞で、助演女優賞を受賞した。今回は、コロナ禍で32回続けてきた授賞式の開催を見送り、各受賞者、作品ごと個別に賞を贈り、そのもようを撮影した動画とともに、紙面とYouTubeで配信する形で発表した。その贈賞と取材を兼ねた席上で、動画を撮影していたスタッフが機材を撤収しようとしていた中、渡辺は泣きだした。

「仕事を始めて30年たって、今年1年、私の存在は何だろうと思っていた。本当にうれしくて…」

渡辺の涙に、撮影したスタッフ、贈賞を担当した役員をはじめ、直接、取材していた記者以外、その場にいた多くの人間がもらい泣きした。

渡辺の言葉を聞いた時、その意味が分かる気がした。渡辺が出演した映画は、それなりの本数は見てきた。加えて“もう1つの顔”を見ていたからだ。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、映画の公開延期や上映自粛が広がり、存続の危機に立たされたミニシアターを支援するために、20年4月に深田晃司監督と濱口竜介監督が発起人となったクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」が立ち上げられた。同13日にYouTubeで生配信された無観客記者会見に、渡辺は深田、濱口両監督、そして斎藤工ともに出席し、涙ながらにミニシアターへの支援を訴えた。

「思春期だったり、自分の居場所が見つからなかった時に、迎え入れてくれたのが映画館。俳優になって、信じられる作品にいたいと思い、たどりついたのがインディーズ映画。どうにか事態が収束した時、新しい未来をどう過ごすか。違う視点を分け合えるのが映画館だと思う」

渡辺の32年のキャリアは、そうしたインディーズ映画、単館系の映画館で地道に積み上げられたものだ。今や名優として監督に引っ張りだこだが、いまだにインディーズ映画を大切にし、出演し続けている。受賞対象作となった「37セカンズ」(HIKARI監督)も、その1本だ。自身が愛し、心血を注いできたインディーズ映画を上映するミニシアターの存在自体が、コロナ禍で危ぶまれ、自身の存在意義すら問われた1年の締めくくりに、賞という形で評価された喜びがあふれた。

涙した後、落ち着いた渡辺に、選考会では一俳優の立場を超えてミニシアターへの支援を訴え続けた姿勢も、評価されての受賞であると伝えた。その上で、自身にとって映画、映画館は何か、どういう意味を持つかと尋ねた。渡辺は「映画館は、私たちの職場の1つ」と答えた。その上で「映画は人生の教科書であり、好きなもの。恋みたいなもので、好きなことに理由なんかない」と続けた。聞いていて、渡辺の真意が理解できたと思えた。

スポーツ新聞は、メジャーと言われる東宝、東映、松竹を筆頭に、中堅の映画各社が配給した公開規模が比較的、大きな作品を取りあげることが多い。「大作」「日本屈指の豪華俳優陣」などの宣伝文句がつく作品が、紙面に掲載されるケースがほとんどだ。

ただ、記者はそうした規模の大きな映画ばかりではなく、独立系の製作会社やプロデューサーが製作した、インディーズと呼ばれる小規模な映画と、そうした映画をコツコツと上映する単館系、ミニシアターと呼ばれる映画館も、継続して取材してきた。メジャー、大作と言われる映画にはない独自性、多様性あふれる世界と映画の文化が、そこにあるからだ。そうした中から、上田慎一郎監督の18年「カメラを止めるな!」のようなチャレンジングな作品や、新機軸は生まれる。インディーズ映画は、次代の日本映画界を背負う監督、製作スタッフ、俳優が生まれる、源泉だと考えているからだ。

渡辺の映画の中でも、記者が特に好きなのは15年「お盆の弟」(大崎章監督)だ。劇中で夫にダメ出しするシーンが、男として打ちのめされんばかりに心に刺さった。あの時から、いつか日刊スポーツ映画大賞にノミネートされ、受賞して欲しいと心ひそかに願っていた。その時、同じようにノミネートや受賞に絡んで欲しいと願っていた、夫役の渋川清彦も前回の第32回日刊スポーツ映画大賞で助演男優賞を受賞している。

2021年が幕を開けた。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大の歯止めが利かず、深刻さを増す一方だ。7日には、東京都と埼玉県、千葉県、神奈川県が政府に対し、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令された。

映画業界も、20年4月に緊急事態宣言の発令後、全国で映画館が1カ月強、休業を余儀なくされたように、再び映画館が止まってしまうのではないか? という危機感…もっと言えば、恐怖感を口にする関係者が後を絶たない。ある映画会社の役員は、映画を上映する映画館、興行関係者と、緊急事態宣言が再発令された場合の対応、リスクヘッジに関しては話し合っているとしつつも「そういう事態にならないで欲しい…切に、そう願っています」と悲痛な思いを吐露した。

舞台、ミニシアター、ライブハウスの3者で展開する、文化芸術への支援を求めるキャンペーン「#WeNeedCulture」の関係者も、10月に開いた会見の中で、ミニシアター、舞台、ライブハウスの存続が厳しいと現状を報告。文化庁をはじめとした国の支援を訴えている。

そうした状況下であっても、記者は映画を伝え続けていこうと心に決めている。20年は、コロナ禍と向き合い、戦ってきた日本映画界を、ずっと取材してきた。そんな1年の最後に、自社が主催する日刊スポーツ映画大賞助演女優賞を贈賞した渡辺に、あれだけ喜び、感激の涙を流してもらった。その涙に、ウソはつけない。今年も、コロナ禍と戦う日本映画界を取材し続け、一緒に戦っていく。【村上幸将】