大正から令和まで、4時代を生きた作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)さんが9日、心不全のため、京都市内の病院で死去した。99歳。06年に文化勲章を受章した。

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行き場を失ったショーケンこと萩原健一さん(19年3月68歳没)に隠れ家を提供したのが寂聴さんだった。

萩原さんは83年に大麻所持で逮捕され、懲役1年執行猶予3年の判決を受けた。判決直後に「更生を誓う」と会見したが、その後姿を消す。つてをたどって逃げ込んだのが寂聴さんのところだった。「かくまったのが縁ですから」。寂聴さんはりんとして私たちの取材から萩原さんをガードした。当時の新聞記事を見返してみると、望遠レンズ越しにぼやけて写った萩原さんの写真が掲載されているだけだ。

「挫折感の深い人は、その分愛の深い人になります」という信条は、事件や事故で挫折を繰り返した萩原さんにまさに当てはまった。天性の人たらしでもあった萩原さんは、あっという間に寂聴さんの身の回りの手伝いをしていた女性たちを手なずけてしまうが、そんな様子にも寂聴さんは目を細めていた。

「腹は立ちませんでした。(萩原さんには)そういう徳があったんだと思います」と後に明かしている。

近年では「STAP細胞騒動」の小保方晴子さんも寂聴さんを頼った。欠点ばかりが目立っても、社会的な非難にさらされていても、必ずその人の中に美点を見いだす。鋭く、温かい目を持った人だった。【相原斎】