16日に老衰のため85歳で亡くなった俳優柳生博さんの次男宗助氏が22日、父がオーナーを務めた、山梨・北杜市にあるレストランなどの複合施設「八ヶ岳倶楽部」で取材に応じ、最期を振り返った。

宗助氏は16日の朝、夫婦で柳生さんをみとったという。亡くなる2日前まで、テラスでワインを楽しんでいたといい「スポーツが好きで、最近まで『(エンゼルス)大谷なかなか調子でないね』などと普通の会話をして、だんだん反応が鈍くなりました」と話した。

宗助氏は柳生さんが八ヶ岳にも拠点を持った経緯について、柳生家に「13歳になると1人旅をする」という家訓があり、出身地茨城から離れた、標高の高い山梨に憧れて訪れたと説明。「俳優としては遅咲きで30代後半で急に有名になって『自分のバランス、家族のバランスをとるために野良仕事をしたい』と言って、八ヶ岳に土地を買ったのが四十数年前」と明かした。

柳生さんは八ヶ岳倶楽部で庭の手入れなどをしながら来客との会話を楽しみ、最期も過ごした。同所には故人をしのぶスペースが設けられ、遠くは岡山からの弔問客も訪れた。宗助氏は「父は好きなことをやっていたんだけど、それを見た周りも楽しくしてくれた人だと思います」と胸の内を明かした。【加藤理紗】