取材中、熱く語る伊藤英明(46)の言葉を聞いているうちに、11年前に伊藤からの誘いを断った瞬間が脳裏に浮かんだ。

WOWOWで4月24日に放送がスタートした、米大手HBO Maxの共同制作ドラマ「TOKYO VICE」(日曜午後10時放送、配信。全8話)に主演した米俳優アンセル・エルゴート(28)と伊藤との対談を取材した。当初、それぞれ単独での取材をリクエストしたが、出演を機に心を通わせた2人が対談を熱望していると聞き、同6日に都内で行われた会見後にセッティングした。

エルゴートは劇中で、日本の大手新聞社に外国人として初めて入社した社会部記者・ジェイクを、伊藤は警察回りをするジェイクが教えを請う、風俗街で暗躍する刑事宮本を演じた。エルゴートは会見で、ジェイクの役作りに際し日本の社会、文化を学ぶのに伊藤の存在が大きかったと、流ちょうな日本語で説明し、感謝した。

「伊藤英明さんと、とってもウマが合いました。新年に、ふるさとに招いていただきました。文字どおり、裸の付き合いをしました。毎日、温泉に入り、お母さんの手料理をごちそうになりました。みんなで初詣に行きました。たくさん、良い思い出が出来ました」

会見後の対談で、伊藤は、より詳しくエルゴートとの交流を語った。

「新人記者役ということで、アンセルから日本の文化から全部、学んで役に反映させたい、文化、歴史を積極的に学ぶことで、日本人に寄り添って役になりきるという覚悟、強い気持ちが、最初からすごく伝わってきた。僕も、出来るだけ日本のサウナや普通のご飯屋さんに行き、実家に来てもらって普通のお正月を過ごしてもらいたかった」

エルゴートは

「英明さんは、日本文化を私に、たくさん教えてくれました。本当に感謝しています。英明さんは、いつも『役のために必要。だから行こう!』って。日本の、いい先輩です」

と感謝した。

そんなやりとりを聞く中で、記者の脳裏には11年半前の10年12月、赤坂ACTシアターの楽屋で向かい合った、伊藤の姿が思い浮かんでいた。当時、同劇場で公演中の舞台「ジャンヌ・ダルク」に出演中の伊藤に、代表作の1つ「海猿」シリーズの映画「THE LAST MESSAGE 海猿」(羽住英一郎監督)に関するインタビューを申し込んだ。多忙な中、午後6時開演の公演前の、けいこの合間の15分なら、という条件で取材に応じてくれた。

急ぎ劇場に向かい、取材を受けてくれたことに感謝すると、伊藤は「時間もないので始めましょう」と笑顔で迎えてくれた。互いにあぐらをかいて、ざっくばらんな感じで進める中、話は盛り上がり、取材時間は10分オーバーして25分になった。そのことをわびると

「話、本当に面白かったです。この後、良かったら一緒にラーメン、食いに行きませんか?」

と唐突に誘われた。ただ、インタビューを翌朝発行の紙面に掲載しなければならず、夜の締め切りに向けて原稿を書かなければならないと伝え、丁重に断った。楽屋を出て、舞台関係者に楽屋を取材場所として貸してくれたことへのお礼を言ってから、赤坂ACTシアターを出た。

すると、劇場から伊藤が関係者と一緒に足早に出てきて、劇場近くのラーメン店に入って行った。お世辞とか、あいさつ代わりで言ったのではなく、本当に誘ってくれていたんだろう…。そう思い、ラーメン店の店内に消えていく伊藤の背中に向かって、心の中でお礼を言うとともに、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。そんな過去の記憶と重ね合わせながら、伊藤とエルゴートのやりとりを聞いている中で、伊藤は人と向き合って感じるものがあれば胸襟を開き、腹を割って話をしようという人なんだと改めて感じた。

加えて、取材の中で興味が湧いたことについて、積極的に聞いてくるのも、11年半前と変わっていなかった。取材対象から話を引き出すための1つの手法として、過去の取材での経験含め、こちらの話をすることがある。今回は、エルゴート演じるジェイクを見ていて、まるで自分の新人記者時代を見ているようだと話した。ジェイクは、警察発表通りに原稿を書くように指示されながら、殺人事件の現場で見たそのままを書き、上司にドヤされ、納得できずに水面下で宮本に接触する。自らの正義感に則って独自の動きをしていく。

一通り、こちらの昔話を聞いた伊藤は「言葉を選ばないで言うと、今の社会って正しい人、優しい人が省かれる世の中だなぁ、生きにくい時代だなぁと思って。だけど、こういう時代に、正義感を持った新聞記者が、アンセルを通して世界の人に見てもらえるのは、すごくうれしいことなんです」と目を輝かせた。

伊藤は「TOKYO VICE」の放送を前に、俳優としての転機も迎えた。3月に尊敬する故・津川雅彦さんが所属、経営したグランパパプロダクションに移籍。憧れのマイケル・マン監督がエグゼクティブ・プロデューサーを務め、オーディションを勝ち取った今作が、移籍後に公開される初の作品となった。

対談の際に「津川さんにも胸を張って見せられる作品じゃないですか?」と聞くと、伊藤は「そうですかね」と笑みを浮かべた。その上で、憧れのマイケル・マン監督がエグゼクティブ・プロデューサーを務め、オーディションを勝ち取った今作の出演について「大きな夢を持って向き合えば、こういうご褒美がもらえる。宝物になったんですが、一生の宝物にならないよう努力し感動を与えられる作品に出たい」と誓った。

何年後になるか分からないが…さらなる宝物の作品に出会った伊藤と、ラーメンを食いながら語り合ってみたい。対談の際に伝えられなかった、2015年(平27)に人生で初の海外の国際映画祭となった、カンヌ映画祭に参加した津川さんが、インタビューの際、記者に何を語っていたかを伝えたい。【村上幸将】