小児がんへの理解を深めてもらうためのイベント「ゴールドリボンナイター」が9月2日に東京・神宮球場の「ヤクルト×阪神」で行われる。9月の「小児がん啓発月間」に合わせた開催で、小児がんの子供のと家族計50人を招待する。主催のヤクルト球団に協賛する、認定NPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)の理事を務めるフリーアナウンサー中井美穂(58)に聞いた。【小谷野俊哉】

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ナイター当日は、神宮球場内に小児がん啓発のゴールドリボンのブースを出し、募金箱を置いて寄付を募る。

「小児がんのことについて、ちょっとでも知ってもらえればという気持ちなんです。身近に小児がんのお子さんがいるならともかく、こういう機会が少ないので気にかけることがないと思うんです。大人は40歳を過ぎたら“がん年齢”になったみたいなことを言われるんですけどね。小児がんは大人よりも強い治療をするのです。子供は細胞分裂が活発なので、強い治療でがん細胞をたたくんです。成長期に強い治療を受けるため、背が伸びないとか、声変わりをしないとか、女性だと妊娠が難しくなるとか。大人になってもずっと薬を飲み続けなければいけないとか、再発の可能性が消えるわけではないんです。不安を抱えて生活している小児がんサバイバーが、実は大勢いるのです」

小児がんになった子供たちだけはない。きょうだい児たちも大変な思いをする。

「『きょうだい児』って言われるんですけど、兄弟姉妹の中に1人、小児がんの子供がいると、その周りの子供というのは、どうしてもいろいろなことを我慢していかなければいけない。自分たちは楽しくしちゃいけないんだとか、弟が頑張っているのに僕だけ幸せなのはダメなんだとか。お母さん、お父さんが、どうしても病気の子供にかかりきりになってしまうので、寂しい思いをしたりする。そのきょうだい児の方々に対してもフォローしていかなければいけないですし、やっぱり親の負担はすごく大きい。マクドナルドさんが『ドナルド・マクドナルド・ハウス』という病院のそばで病気の子や家族が泊まれる施設をつくって支援していますが、そういうことにも皆さんがもっと目を向けてもらえたらいいなと思います。今回のナイターにはご家族を呼んで、きょうだい児の方とお母さん、お父さん、あるいはお医者さんとか看護師さんとかに試合を楽しんでもらえればと思っています」

ヤクルト球団には、エスコートキッズというグランドレベルで選手たちと触れ合えるシステムがある。

「試合開始と同時にヤクルトが守備に就くので、守備位置に選手たちが走って来るところに、子供たちが待っていてハイタッチする。小児がんのサバイバーときょうだい児の子たちに登場してもらいます。『そういえば、あの時に2人そろって花束渡してたよね』みたいなことで、ちょっとでも印象に残ってもらえたらと思ってます。その後にニュースを見たり、街中でそういう話を聞いた時も、あの時のゴールドリボンナイターでやってたやつじゃないかと思って、ちょっと調べてくれるきっかけになってくれたらいいなと」

がんの啓発活動としては、乳がんのピンクリボンがよく知られている。ゴールドリボンの啓発活動が知られるようになってきたのは、最近だ。

「ピンクリボンもなんですけど、最初から理解があってどんどん広がっていくというものではなくて、地道に毎年コツコツと活動していくことで少しずつ広がってきました。各地の名所やシンボルをゴールドにライトアップする活動なんかも、いろいろな団体がそれぞれ頑張ってやっているんです。そうやって、いろいろなNPOの団体や子どもの病院や、応援している企業が、啓発月間である9月に一斉にやって注目してもらおうっていう活動です。全国のライトアップも去年より今年のほうが圧倒的に多くなっています。他にネイルを作ってるサロンの友達に協力してもらって『ゴールドリボンネイル』を作ってもらって、それを啓発のゴールドリボンピンバッジと一緒に売って、その利益を寄付していただいてます」

お金を出してもらうだけが小児がんの啓発活動じゃない。それ以外の協力も依頼している。

「ゴールドのネイルを売っている間、サロンの皆さんには胸元にピンバッジをつけてくださいってお願いしています。不二家のペコちゃんも、9月は胸にゴールドリボンを付けてくれてるんですよ。いろいろな企業に伝を頼って連絡して、面接してもらってプレゼンして協力をお願いしています。全部受けていただけるとは思ってないので、1000人に会って、3つうまくいったらいいな…くらいの気持ちでスタッフと一緒に活動をしています」

(続く)

◆中井美穂(なかい・みほ)1965年(昭40)3月11日、東京都出身。87年に日大芸術学部を卒業後、フジテレビにアナウンサーとして入社。88年に「プロ野球ニュース」土・日曜のメインキャスター。89年に連続ドラマ「同・級・生」にレギュラー出演。95年に当時ヤクルト在籍中だった、野球評論家古田敦也氏(58)と結婚し、フリーに。97年のアテネ大会から22年のオレゴン大会まで、13大会にわたりTBS「世界陸上」中継のメインキャスターを務める。22年に日本陸上競技連盟から特別表彰。13年から読売演劇大賞の選考委員を務める。現在はTOKYO MX「宝塚カフェブレイク」MCなど。血液型O。