GLAYの30周年イヤーを締めくくるライブ「GLAY 30th Anniversary GLAY EXPO 2024-2025 GRAND FINALE」の東京ドーム公演2日目を取材する機会を得た。

記者は、ファンがBuddyと呼ばれるようになる直前くらいからGLAYをよく聴いているが、生まれは2001年。「電気イルカ奇妙ナ嗜好」世代だ。「BELOVED」も「HOWEVER」も「Winter,again」は生まれる前の楽曲で、当然99年の“20万人ライブ”も生まれていない。

元々知っている曲は何曲かあり、サブスクの時代の恩恵を受けて多くのサウンドや言葉に出会い、気づいたらGLAYが人生の支えになっていた。余談だが、今回のベストアルバムの投票にももちろん参加し、悩みに悩んだ末に「the other end of the globe」に投票した。

30周年イヤーの最後に、ファンはBuddyから“GLAY”になった。ライブ中盤、TAKURO(54)が1人でステージに立ち、「みんながGLAYを守ってくれていたんですね」と感謝を伝えた。続けて「よし、今日から君ら全員GLAY!」と、ファンを“GLAY”に任命した。

「ああ、また呼び名が増えた」や「犬ならストレスで参っているよ」と笑いも起きつつも、TAKUROの強い思いはたしかに東京ドーム中に響き渡った。

そこから続いた未発表曲「NEVER-ENDING LOVE」やGLAYの30年をエモーショナルに映し出した映像、「Satellite of love」「つづれ織り~so far and not so close~」「pure soul」で、少しずつ言葉の意味が心に染み渡り、“GLAY”になった記者はグッときてしまった。

本編の最後に5万人で歌った「SOUL LOVE」は圧巻だった。TERU(54)が「全員で行くぞ!」と叫ぶと、会場はサポートメンバーの村山☆潤(42)とキーボードの音と、客席の“GLAY”たちの歌声だけになった。

20年にコロナの影響でドームツアーが中止になった際、HISASHI(53)が自身のYouTubeチャンネルで同曲の演奏動画を公開し、「DOMEでSOUL LOVEを歌おう」と呼びかけていたことをふと思い出した。

その上で、5万人の魂の歌声とそれを見守るステージの6人の表情を見ると、またグッときてしまった。

最後に「永遠にGLAYをやりたいです」と、力強いメッセージを残した。昨年末の日本レコード大賞のステージで明かされたHISASHIの「死ぬまでGLAYをやらないか」という投げかけに、明確な答えを出した。自著で「永遠はない」と記していたTAKUROが永遠の日々を約束し、感動を残してライブを締めくくった。

ピーク果てしなく、ソウル限りなく、これから始まるさらなる伝説が一層楽しみになった。10年後も20年後も取材ができるように精進したい。記者も“GLAY”だから。【野見山拓樹】