演歌歌手松前ひろ子(75)が6日、東京・葛飾区のかつしかシンフォニーヒルズで、55周年記念コンサート「出逢いと縁に感謝を」を行った。6月28日に故郷・北海道の函館公演でスタートし、8カ所を巡る記念ツアーの最終公演。
弟子の三山ひろし(44)と小山雄大(22)、そして瀬川瑛子(78)山本譲二(75)藤あや子(64)二葉百合子さん(94)が出演し、節目のイベントに花を添えた。
松前が生まれたのは事業を営む裕福な家庭だった。いとこの北島三郎(88)から「いけるな」と歌声をほめられたことを心の支えに18歳で家出同然に上京。北島の内弟子修業などをへて1969年(昭44)に「さいはての恋」でデビューした。
だが、2年後に交通事故にあって歌手を断念する。普通の会話もできないような状態から8年に及ぶ懸命のリハビリをへて81年にカムバックした。その後は3人の子育てをしながら歌手活動にまい進。「祝いしぐれ」(90年)「夫婦草」(95年)「花街一代」(99年)が10万枚を超すヒットで“夫婦演歌の松前”と呼ばれ、全国のカラオケファンに多くの支持を得ている。
19年に83歳で亡くなった夫の作曲家中村典正さんとはおしどり夫婦として知られた。今でも「パパは常に一緒にいます。何かあると『今から頑張るから。しっかり守ってね』って声をかけるんです」と話す。
三山は松山の次女と結婚した。新人時代の三山は「松前さんの弟子の恒石正彰(本名)くん」と呼ばれていたが、最近は松前が「三山の師匠の松前さん」と呼ばれることが増えた。これには師匠として素直に喜ぶ一方で、「三山君から『先生』と呼ばれるのに恥ずかしくない歌い手でいたい」と気を引き締めている。
21年に変形性股関節症、23年に腰椎すべり症で手術をし、最近はつえを手放せなくなっている。だが、今年6月に発売した新曲「矢越岬/命みちづれ」のレコーディングの際、2作を作曲した北島から「声も出ている。まだまだいけるぞ」と激励された。その言葉を胸に日々奮闘している。座右の銘は「継続は力なり」。まだまだ歌い続けるつもりだ。【松本久】



