吉沢亮(31)の主演映画「国宝」が、6月6日の初日から24日までの公開172日間で興行収入(興収)173億7739万4500円、動員1231万1553人を記録。03年「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」(本広克行監督)が22年、守った173億5000万円の実写日本映画興収記録を、22年ぶりに塗り替えた。
4月23日に都内の帝国ホテルで開かれた完成報告会から7カ月、取材を続けてきた。関東近郊でのイベント及び取材機会で足を運べなかったのは、別件の取材と重なった6月23日の大ヒット御礼舞台あいさつと、今月3日に東京国際映画祭で行われた李相日監督(51)の黒澤明賞受賞記者会見の2回のみ。これまでの取材を振り返り、東宝が25日に実写日本映画興収記録更新を発表したことを受け、完成報告会からの軌跡やヒットの要因を分析、解説した原稿を複数、執筆し、それらが掲載&配信された。
一連の原稿にも書いたが、伝統芸能の歌舞伎がテーマで上映時間も175分と長く、公開前は観客のハードルは高いとみられていた。6月6日にTOHOシネマズ六本木ヒルズで行われた初日舞台あいさつの場でも、東宝の関係者は最終興収の予測を30億円と見込んでいた。公開初週の週末3日間の成績は興収3億4608万1800円、動員24万5358人。同5億6300万円の米映画「リロ&スティッチ」、同4億3000万円の「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」に続く3位スタートで、興行成績は東宝の見立て通りに推移していくと読んでいた。
それが、公開2週目に入ると状況が変わり始めた。任侠の一門に生まれて抗争で父を亡くし、上方歌舞伎の名門の当主に引き取られ、芸の道に人生をささげた主人公・立花喜久雄を演じた吉沢と、喜久雄を引き取った花井半二郎(渡辺謙)の実の息子・大垣俊介を演じた横浜流星(29)が、歌舞伎俳優でも所作などが難しいと言われる女形を、本職と見まごうばかりに演じたことへの驚嘆の声が各所から聞こえだした。興収は前週比130%4億5100万円で2位に浮上し、3週目には同5億1500万円を記録し、ついに首位に立った。
そして、封切りから16日後の大ヒット御礼舞台あいさつで、前日22日までの17日間で興行収入21億4000万円、動員152万人を突破と発表。東宝の事前の見立てを明らかに上回る大ヒットで、そのあたりからヒットの要因は何なのかとリサーチを進めた。7月25日に109シネマズプレミアム新宿で行われた特大ヒット記念舞台あいさつでは、同24日までの公開49日間で興収71億7000万円、動員510万人を突破と発表。もう、この勢いは止まらない…もしかしたら、実写日本映画興収記録更新もあるのではないか? と思い始め、日々、各所で取材と検証を続けた。
SNSを軸とした口コミが大きかったであろうことは、周辺の反応を見ても明らかだった。2人を「国宝的イケメン」などと評し、盛り上がっている声もあったが、それだけでは、特に若者にはなじみの薄い伝統芸能がテーマで、しかも約3時間もの映画に、観客が繰り返し足を運ぶわけがない。
作品を見て、2人の男性のライバル関係を描きながらも、よくありがちな1人の女性を奪い合うという話ではないところに新鮮味を覚えた。加えて、2人が互いに芸という1つのものに真摯(しんし)に向き合い、肉体や魂を削り合い、互いを唯一無二の存在と認め、切磋琢磨(せっさたくま)して美の極致を目指す姿に、観客はは単純な感動を超えたカタルシス(精神の浄化、解放)を覚える。そして周囲に自身の感動を伝え、ムーブメントにつながったのでは…との推論を自分の中で立てた。
その推論と一致したのが、大ヒット分析、解説原稿にも書いた、10月30日に東京国際映画祭で行われた李監督との対談中で、山田洋次監督(94)が指摘した分析だった。そのあたりは既に書いているので、ここでは触れないが、山田監督は11月3日の黒澤明賞授賞式でも、審査委員長として李監督にかけた言葉の中で、作品作り自体が独特だと指摘していた。
「常に重厚なテーマを、はらんでいる、ドッシリした映画を作る監督。もう1つ、特徴があるのが、特に『国宝』は典型的なんだけど、流れを無視して立体的に作り、テーマをぶつけてくるから迫力がある」
授賞式の冒頭で「国宝」とともに、李監督が日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した06年の監督作「フラガール」の映像も流れた。そうしたフィルモグラフィーを俯瞰し、山田監督は李監督の作品を評したのだろう。
対談の中で、李監督が「撮影した素材を繋げたら4時間半。歌舞伎のシーンは30分。いつも1時間はオーバーする」と明かした一幕があった。山田監督は「4時間半! あなたの場合は1時間はオーバーかもね」と驚いた上で、東大法学部卒業後、1954年(昭29)に助監督として入社し、61年の「二階の他人」で監督デビューした松竹について語った。
山田監督 松竹には撮影のやり方があって、小津安二郎さんなんかそうだけど、撮影の時から時間(映画の尺)を決め、そういう撮り方になっている。
その上で、尊敬し、賞の名にも冠された黒澤明監督の撮影について説明し、李監督にも共通点があるのではないかと投げかけた。
山田監督 黒澤さんは、そう(松竹の撮影手法)じゃなく、そのシーンが納得するだけ回す。あなたも、そうかもね。それにしても、すごいね4時間半は。
李監督は、記録的な興行成績を挙げていることについて心境を聞かれると「人ごとのように聞いてしまいますけど…人ごとだと思えば、記録は常に、いつかは更新されます」と淡々と答えた。その上で「その時代に、観客の皆さんに求められている作品が記録を作っていくと思っている。この作品にその要素があったかを考えるのは大分、後になると思いますけど」と「国宝」が現代において、どういう意味を持ったか等々、評価は後世になされるとの見方を示した。
15日に開催されたTAMA映画賞授賞式で、最優秀作品賞を受賞した際のスピーチでは「美しい映画として届くことを願っていた。数字が騒がれたりしますけど、たくさんの心に届いたこと、皆が喜んでいます」と答えた。言葉の端々から、世間一般や我々、メディアは騒いでいる興行成績うんぬんではなく、作品が多くの人に届いたこと自体に価値を見いだし、喜んでいることが分かる。
「国宝」の原作者・吉田修一氏(57)の小説を映画化したのは、16年「怒り」に続き3作目だが、最初に手がけた10年「悪人」を公開した10年当時、歌舞伎の女形を軸とした映画を構想した経緯があり、同氏が「国宝」を17年に朝日新聞で連載する段階で話を聞き、実写化に動いた。そのことを踏まえ「400年続いた芸能の魅力を映画でどう伝えるか。映画人の知恵を絞って絞って、歌舞伎に挑んだ」と、歌舞伎の魅力、美しさを届けることに専心したと強調。その一途な思いで「国宝」は芸術面のみならず、興行においても日本映画史に残る金字塔を打ち立てることができたと言っても過言ではないだろう。
23年に「流浪の月」で、日刊スポーツ映画大賞で初の監督賞を受賞した際のインタビューで、監督の仕事、役割は何かと問いかけた。李監督は「何をしたいかを、とにかく全員に伝えるのが役割だと思っています」と答えた。その上で、非英語映画として20年に米アカデミー賞史上初の作品賞、監督賞、脚本賞、国際(長編)映画賞の4冠を獲得した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」で知られる、ポン・ジュノ監督(56)と交わした会話について語った。「ポン・ジュノさんも確かに米国、欧州に行っているけれど、話すと『昔から同じことやっているんだよね』って言うんです。いろいろと変化をさせてくるのは当然なんだけど、核の部分は変わっていない…それは、僕にとっても、すごく指針となってくる。変えずに、どう変わっていくか」。「国宝」で、どう変わったか…そのことを近々、李監督に直接、問いかけてみたい。【村上幸将】



