田中泯(80)が24日、東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で行われた映画「黒の牛」初日舞台あいさつに登壇した。
当代随一の女形で人間国宝の歌舞伎役者・小野川万菊を演じた「国宝」(李相日監督)で日刊スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞し、日本アカデミー賞でも優秀助演男優賞を受賞したと19日に発表されたばかりだが「それは、それで」と口にした。
一方で、13年の「祖谷物語 おくのひと」以来2作目のタッグとなった蔦哲一朗監督(41)の、並の監督とは違う特殊な感性と、それに伴う尋常ならざる撮影を、独特の言い回しで語った。
「黒の牛」は蔦監督にとって「祖谷物語 おくのひと」以来11年ぶりの長編映画で、企画から劇場公開まで10年を要した。禅に伝わる悟りまでの道程を十枚の牛の絵で表した「十牛図」から着想を得て故郷・徳島県三好市がある同県西部から香川県にあった、農家に農耕用の牛を貸し出す慣習「借耕牛(かりこうし)」を題材に、日本初となる70ミリフィルムを一部使用し撮影。狩猟民から農民へとなっていく中で、牛と共同生活していく私を台湾を代表する俳優リー・カンション(57)、本物の牛の「ふくよ」と、リーとの“共演”も見どころだ。
田中は劇中で、禅僧を演じた。私と牛とともに田を耕すシーンは、激しくたたきつけるような激しい雨が印象的だ。田中は「牛と一緒に田んぼを耕している時なんか、どれくらい大変か想像がついていないんじゃないか? 雨の降らせ方も猛烈で、痛いよ、というくらいで、その辺はどうなのかな?」と、蔦監督に投げかけるように口にして、苦笑した。
「祖谷物語 おくのひと」の撮影の際は「誰も歩いたことのない斜面を、走って降りてくれと。『下がどうなっているか?』と聞いたら『知らない』と」と、蔦監督とのやりとりを紹介。「底知れない監督なんですけど、彼の中にあるイメージは、とっても好きな監督」と笑いながら評した。せりふが、ひと言もなかった「祖谷物語 おくのひと」と比べると、「黒い牛」は主人公の私より、はるかにせりふが多かったが、そのせりふも「(台本には)何も書いてない。監督がフッと、思い付いて、言ってくれというのも、つけていった」という。
田中は、司会を務めた市山尚三プロデューサーから「今回の方が、撮影はマシだったですかか?」と聞かれると、思わず笑った。「1作目は、スタッフが慣れてない。その時間が、かかる。僕自身が映画を作るプロセスに、より慣れるには利益は多かった…へそは曲げていましたけど」と振り返った。蔦監督が「本当に泯さんが出てくれるとは思っていなかった。市山さんに声をかけてもらった」と笑いながらキャスティングの裏側を明かすと、田中は「怒ったような姿勢を彼(蔦監督)に見せて、こういう機会にも顔を出さなかった」と「祖谷物語 おくのひと」公開時には宣伝に参加しなかったと振り返った。
そして「自分の中にある、言葉に説明できるようなものを台本にズラズラッと書くような監督ではない。僕らも、そのことをキャッチするようにして、その場にいないと何もできない。腕組みして待っている俳優さんだと無理なんです」と、蔦監督と同監督の映画製作における独自なスタンスを解説。その上で「皆さん、感じていただけたと思いますけど、こういう映画もあることを、伝えて頂ければ。ベラベラっとしゃべれることなんか1つもないんです。僕は、それでいいと思っています。感じたことを言葉にすると、なくなっていっちゃいそう。僕は子供の時、そうだった。彼は、正反対の表現をしているんじゃないかな」と観客に、蔦監督の映画の“味”を感じて欲しいと訴えた。
舞台あいさつには、馬喰を演じ、作品のパイロット版から出演していた須森隆文(37)も登壇した。



