5月31日に肝臓がんのため亡くなった歌手尾崎紀世彦さんをしのぶ会が2日、都内のホテルオークラ東京で行われた。尾崎さんの遺影4枚を飾ったみこしの入場で始まり、尾藤イサオ(68)錦野旦(63)つのだひろ(63)ら友人による「また逢う日まで」の大合唱で幕を閉じた。会には、最初の夫人のベティーさん(59)親子ら約600人が参加。「強い男」を目指した尾崎さんらしい、豪快で心温まる会となった。

 尾崎さんが大好きなみこしに乗って現れた。ベティーさんが選んだ4枚の遺影は、うれしそうにほほ笑んでいた。29歳のとき、名前の一文字を取り、みこしを担ぐための会「紀の字」を設立した。全盛期は三社祭など3大祭りを中心に毎週担ぎに出掛けた。紀の字関係者は「カシラ(尾崎さん)は(担ぎ手のあこがれの)花はやらず、胴中しか入らなかった。そこが粋だと思っていた」。そのため、普通は肩にできる「みこしコブ」が、尾崎さんの場合は首根っこにできたという。同関係者は「ステージではワイシャツで隠してました。必ずふんどし姿で担ぐなど、こだわりがあった」という。

 この日は、尾崎さんの兄彰彦さん(77)が親族を代表してあいさつした。「世紀の男にという意味で、“紀世彦”と名前がつけられました。キヨの理想は強い男でした。舞台でも体を大きく見せていた。今日は殿上人の気分だったと思います」。最初の妻のベティーさん親子も駆けつけた。

 みこしの遺影など、この日の展示写真を選んだベティーさんは「これだけの人をお招きいただいて、やっぱ彼は特別な日と思いました。(子供らも)今日の様子を見て、びっくりしたと思う」と話した。2月1日に双子を出産した長女ラナさん(38)は「つらかったと思うけど、頑張って会いに来てくれた。ジョークを言って、家でも歌を歌ってくれた」。ハワイ在住の長男尾崎紀世彦2世(日本名、36)は、仕事を辞めて1年半も尾崎さんの看病にあたったという。「父はハワイアンが好きで、一緒に聞きに行った。(しのぶ会は)言葉にならないくらいうれしい」と泣き崩れた。