韓国中央情報部(KCIA)の恐ろしさを日本に印象づけたのは73年の金大中事件である。

民主主義回復を求める政敵・金氏に脅威を覚えた朴正熙大統領の命を受け、KCIAが、滞在中の都内のホテルから金氏を拉致した事件だ。あからさまな主権侵害に加え、その後、神戸港から工作船に乗せられた金氏が足に重りをつけられ、海に投げ込まれそうになったことも後に明らかになった。急行した海上保安庁のヘリコプターが照明弾を投下したことで暗殺は未遂となったが、スパイ小説のような現実を突きつけられ、独裁政権の恐ろしさと危うさを実感させられた。

「KCIA 南山の部長たち」(22日公開)は、その6年後に起きた朴大統領暗殺事件の裏側を描いている。実行したのは言わば身内のKCIA部長だった。

一般にこの事件は、大統領がもう1人の側近である警護室長を重用したことから、反感を覚えたKCIA部長が凶行に至ったとされている。映画は事件までの40日間にスポットを当て、この部長の視点から克明に経緯を描き、独裁政権内の異様さを浮き彫りにする。

幕開けは米下院聴聞会。KCIA前部長のパクが朴政権の腐敗を告発する。パクは政権を揺るがす回顧録も執筆しているという。激怒した朴大統領は警護室長のクァクにあおられ、パク抹殺を指示するが、パクの友人でもある現部長のキムは、パクに回顧録の発表を踏みとどまらせることで穏便にことを収める。

権力の座に18年。バランス感覚を失った朴大統領は強権発動を繰り返す。民主化を促す米国の意向を尊重するキム部長は大統領をいさめようとし、大統領をあおり続けるクァク室長とことごとく対立する。大統領はクァクの意見に重きを置くようになり、キム部長はしだいに追い詰められていく。

キム部長をイ・ビョンホン、朴大統領に「シークレット・サンシャイン」のイ・ソンミン、パク前部長を「悪いやつら」のクァク・ドウォン、クァク室長に「虐待の証明」のイ・ヒジュンと実力者ぞろいのキャストが文字通り熱い演技で火花を散らす。

ビョンホンは抑制を効かせている。キム部長の無念が伝わってくるようで、常軌を逸した暗殺者というイメージは覆される。むしろ政権の暴走を押しとどめようという正義感が印象に残る。貫禄のソンミンはまさに「大御所俳優」の存在感だ。外見は六角精児をほうふつとさせるドウォンは、「テイクごとに微妙に芝居を変えてくる」とビョンホンを驚かせた。そして、一番の悪役ヒジュンは25キロ増量して撮影に臨んだという。

密談現場まで大統領を追いかけ、キム部長が自ら盗聴するシーンのスリル。そこで聞こえてきた大統領の一人語り…。ヒリヒリするような設定のビョンホンとソンミンの渾身(こんしん)の演技に肌があわ立った。

「インサイダーズ 内部者たち」のウ・ミンホ監督は、独裁政権内の抗争を心を揺さぶる人間ドラマに仕上げている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)