竜党として知られる落語家の立川志らく(56)が、心不全のため急死した中日元監督の高木守道さんを悼んだ。

高木さんの訃報が伝えられた17日、志らくはツイッターを更新。「高木守道が逝ってしまった」と触れ、「現役時代のあの華麗な守備。監督時代は短気で最初のうちはオイオイと思っていたがやがてそれが親しみに変わった。あの巨人との最終決戦。中日ファンの私ではあったが落合が巨人でどちらも応援していたあの名勝負。忘れられない」としのんだ。

続けて「一番高木が塁に出て」と、高木さんが選手として活躍していた当時の応援歌「燃えよドラゴンズ!」の一節を引用し、「寂しい」と哀悼した。

高木さんは、現役時代は中日の名二塁手として活躍し、バックトスやグラブトスなどを度々披露した。1963年、65年、73年と3度の盗塁王に輝く俊足に加えて、打撃では69年に24本塁打するなど通算236本塁打をマークした。

引退後はコーチ、監督を歴任した。91年オフに星野仙一氏の監督辞任を受け、後任として監督に就任した。94年は巨人と同率首位となり、この年の最終戦で勝った方がリーグ優勝という日本プロ野球史上に残る「10・8」決戦を迎えたが、結果的に長嶋茂雄監督率いる巨人に敗れた。