ホーム 東京オリンピック2020 射撃 ニュース RSS ママ・アスリート中山由起枝は5大会目 射撃きっかけは監督異例のオファー [2021年7月29日21時25分] 通知ON 通知OFF 日刊スポーツをGoogleでお気に入りに追加 クレー射撃中山由起枝の応援Tシャツを着て、試合の速報を見る中山潤一さん <東京オリンピック(五輪):射撃>◇29日◇クレー・女子トラップ予備予選◇陸上自衛隊朝霞訓練場 ママ・アスリートとして、女性選手最多タイの5大会目の集大成の東京五輪に臨んだクレー射撃トラップの中山由起枝(42=日立建機)は7月29日、115点19位で決勝進出を逃した。新型コロナウイルスの感染拡大で無観客開催となった五輪で、この日は競技のテレビ中継もなかった。それでも、25年前に中山を射撃の世界に誘った同社クレー射撃部初代監督の中山潤一さん(73)は、千葉県四街道市の自宅から応援。点数が表示されるネット速報だけを頼りに、一喜一憂しながら声援を送った。「馬鹿な監督でしたが、ここまで長く応援させてもらえるとは思っていませんでした。ありがとうと言いたいですね」。元監督は、中山の頑張りをたたえ、感謝の言葉を口にした。出会いは25年前。「クレー射撃をやらないか」。埼玉栄のソフトボール部の捕手で主将だった中山に、日立建機の総務部勤務で人事担当だった中山元監督は、異例のオファーを申し出た。スカウトのオファーを出した方も、出された方も銃に触ったこともないまったくの未経験者だった。96年アトランタ五輪時に、日立建機は社内の一体感と五輪出場選手の輩出を目的にシンボルスポーツとしてクレー射撃の創部を計画。日立高崎ソフトボール部の監督だった宇津木妙子氏の助言もあり、高校3年生の中山に白羽の矢がたった。スカウトに指名された中山元監督は中山の試合を視察。何度断られても「オリンピックを一緒に目指さないか。クレー射撃は層が薄いから可能性がある」などと1カ月粘り、説得した。「キャッチャーならボールとランナー両方を見なければならない。動体視力が良いから上手くなると見込んでました」。97年の競技開始から3年で00年シドニー五輪に出場。08年北京五輪では4位とメダルに迫った。キャリアを重ねる中で、中山はママ・アスリートの先駆者としても注目されてきた。5大会目となる東京五輪がコロナで延期される中、昨年11月には、小学校の児童たちへのオンライン講演会という元監督からのオファーにも快く応じてくれて、子どもたちに夢を語ってくれたという。今回の五輪では、中山は昨年結婚した大山重隆(39)と31日にクレー射撃トラップ男女混合にも出場する。「初めて夫婦で出場するんだから楽しんでほしい」。中山元監督は再び、自宅から応援するつもりだ。【沢田直人】◆中山由起枝(なかやま・ゆきえ)1979年(昭54)3月7日、栃木県小山市生まれ。小4でソフトボールを始め、埼玉栄高で高校総体準優勝。97年に日立建機入社。クレー射撃を始める。00年シドニー五輪出場。01年に引退し、結婚して長女芽生さんを出産。離婚を経て、03年に現役復帰。08年北京五輪は4位。12年ロンドン五輪、16年リオ五輪出場。10年アジア大会ではトラップでクレー射撃日本人初の金メダル、13年世界選手権では銀メダル獲得。働きながら競技を続けてきたママ・アスリートの先駆者としても知られる。