名場面に名言あり。サッカー界で語り継がれる記憶に残る言葉の数々。「あの監督の、あの選手の、あの場面」をセレクトし、振り返ります。

「苦しい時は、私の背中を見て」。日本女子サッカー界のレジェンド澤穂希さんが初めてこの言葉を口にしたのは、08年北京オリンピック(五輪)の3位決定戦だった。相手は当時FIFAランキング2位だった格上のドイツ。勝てば初のメダル獲得という一戦。緊張した面持ちのチームメートを前に、当時29歳の澤さんは語りかけた。

試合はドイツに0-2で敗れてメダル獲得を逃したが、澤さんはこうした悔しい経験がのちの11年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会優勝などにつながったと振り返る。澤さんは93年に15歳で代表デビュー。注目度がまだ低かった女子サッカーを支え、仲間と地道に積み重ねた努力が実を結んだのはデビューから17年が経った10年のアジア大会初優勝から。「全てがいい時代だけじゃなかった。でも、そういう悔しい思いもあるからこそハングリー精神で頑張れた」。翌年の11年にW杯初優勝、12年には4年前に涙をのんだ五輪で悲願の銀メダル獲得。14年には15度目の出場で初のアジア杯制覇も果たすなど、なでしこジャパンは一気に開花の時を迎えた。

澤さんは常に言葉だけでなく、行動でもチームメートに指針を与える存在だった。控えに回ることが多くなった15年W杯カナダ大会でも積極的に仲間に話しかけて経験を伝えた。11年にFIFA女子最優秀選手にまで輝いたレジェンドの姿勢は、今でも多くの選手が尊敬している。

15年限りで引退後は17年1月に誕生した長女の子育てに励みながら、解説者としてなでしこを見守る。「今は技術のある子が多いし、1試合やるごとに成長していっているんじゃないかなと思います」。常に後輩を気にかける気持ちは変わらない。澤さんが背中で引っ張った、なでしこの歴史は日本女子サッカーの財産となっている。