町田GK高原が現役引退を発表「僕の大きな財産」

J2のFC町田ゼルビアは28日、GK高原寿康(38)が今季限りで現役を引退すると発表した。高原はクラブを通じ「FC町田ゼルビアでの5年間、本当にありがとうございました。この度、契約満了となり、引退することを決断致しました。(中略)これまでお世話になった小・中・高・大学の関係者の皆様、ジュビロ磐田、北海道コンサドーレ札幌、清水エスパルスの関係者の皆様、今まで僕に関わってくれた全ての皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです」とあいさつした。

高原は14年にJ1清水エスパルスからJ3の町田に加入し、守護神として15年のJ2昇格、翌16年の7位躍進に貢献した。町田で5年目の今季は、リーグ戦13試合に出場も、ルーキーの福井光輝(23)に定位置を奪われていた。

高原自身「怪我の多いサッカー人生でしたが、何度もピッチに戻ることができたのは、ドクター、理学療法士、トレーナーといった方たちや周りの皆様のサポートのお陰です。本当にありがとうございました」と語ったように、16年のプロ人生はケガとの戦いだった。愛知学院大時代は、01年にユニバーシアード代表に選ばれるなど大学サッカー界屈指のGKとして高く評価され、03年1月に磐田に入団も、同3月に左手親指靱帯(じんたい)部分断裂で全治2カ月と診断され、手術を受けた。さらに、同8月のサテライトリーグ名古屋戦で左足の脛(けい)骨と腓(ひ)骨を骨折し、ルーキーイヤーから度重なる重傷に見舞われた。

その上、オランダ人守護神のアルノ・ヴァンズワムの高い壁を崩せず、05年にはデンマーク1部のノアシェランから川口能活が加入したこともあり同年、J2のコンサドーレ札幌(現J1北海道コンサドーレ札幌)へ期限付き移籍した。07年7月には左足甲の外側を骨折したが、苦境を乗り越え09、10年に守護神の座をつかむも、同11月には右アキレス腱(けん)断裂で全治6カ月の大けがを負った。翌11年6月には右アキレス腱炎(けんえん)で全治4カ月の診断を受け、手術を受け、同12月にも3度目の手術を受けるなど苦しんだ。13年には清水に移籍も出番がなく、翌14年に町田に加入していた。16年のプロ生活でJ1で12試合、J2で161試合、J3で47試合、リーグカップ2試合に出場した。

高原は「これまでのチームメイト・仲間との出会い、そして、たくさんのファン・サポーターの皆様から温かい声援を受けてプレーできたことは、僕の大きな財産です。今後はまだ何も決まっていませんが、指導者などサッカーに関わっていきたいと思っております」(コメントは原文のまま)と引退後もサッカーに携わっていく考えを明らかにした。