スポーツ百景

カズはなぜ53歳でピッチに立てるのか

鳥栖対横浜FC 前半、先発出場する横浜FC・FWカズ(撮影・江口和貴)
鳥栖対横浜FC 前半、先発出場する横浜FC・FWカズ(撮影・江口和貴)

Jリーグ横浜FCのFWカズ(三浦知良)が5日のルヴァン杯鳥栖戦に先発出場して、53歳5カ月10日のJ公式戦最年長出場記録を樹立した。同杯の従来の記録を10歳以上も更新。中山雅史の45歳2カ月5日のJ1リーグ戦最年長出場記録の更新にも期待が高まった。サッカーに限らず、近年は40歳を過ぎても第一線でプレーしているプロ選手は珍しくないが、さすがに50代の選手は世界でもまれだ。

数年前に取材した西別府病院スポーツ医学センターの松田貴雄センター長の話を思い出した。選手寿命が延びた要因として、体のケアやメンテナンスなどスポーツ医科学の急速な進歩と、競技環境の向上を指摘した上で「環境さえ整えば50歳になっても第一線でやれる素地はできている」と、カズの偉業を予言していたからだ。

かつて致命的と言われたひざやひじの故障は、最新のMRIの的確な診断で適切な手術や治療が施されるようになった。開幕3カ月前に右足靱帯(じんたい)損傷の重傷を負いながら18年平昌五輪で連覇を達成したフィギュアスケートの羽生結弦が記憶に新しい。

松田氏によると、近年のスポーツ医学はむしろ故障する前段階で原因を発見して早期に対処することに、より力を発揮しているという。アイシングやマッサージなどリカバリーの技術も進歩した。若い頃から故障を予防できる医療環境が、長く競技を続けられる要因になっている。

もっとも選手寿命が延びたとはいえ、カズに続く2番目のJ年長選手は同じ横浜FCのMF中村俊輔の42歳で、プロ野球では阪神の福留孝介の43歳が最年長。カズは彼らより10歳以上も上。スポーツ医科学の進歩などの周辺環境だけでは説明し切れない。きっと彼には別の要因もあるはずだ。

ここからは私の推測である。

サッカー担当記者時代、カズという人間を象徴する出来事があった。98年6月、W杯フランス大会開幕8日前に彼は日本代表から落選した。日本中が驚いた非情の通告。しかし、直前合宿地ニヨン(スイス)で岡田武史監督が「外れるのはカズ、三浦カズ」と発表した3日後、帰国したカズは成田空港から所属していたV川崎のグラウンドに直行。練習を再開したのだ。

W杯初出場。日本のエースとして今まさに手をかけた夢が消えた。その絶望は想像すらできない。怒り、恨み、悔やみ……人間だから当然あっただろう。しかし、彼は愚痴や不満は一切口にしなかった。自分に何が足りなかったのかだけを考えて前を向いた。後に「落ち込んでいるひまはないと思った」と当時の心境を語っている。

運動能力が群を抜いているわけではなし、スピードがあるわけでもない。器用でもないし、アスリートにしては体も硬い。それでも53歳まで現役を続けてこれたのは、どんな試練にも歩みを止めず、不運を人のせいにせず、すべてを通過点と考えて前を向いてきたからではないか。体を鍛え、技術を磨きながら、彼はそんな心の修練をずっと続けてきた。だからカズは今もピッチに立っているのだと思う。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

鳥栖対横浜FC 後半、横浜FC・MF瀬沼が先制ゴールを決めガッツポーズするFWカズ(撮影・江口和貴)
鳥栖対横浜FC 後半、横浜FC・MF瀬沼が先制ゴールを決めガッツポーズするFWカズ(撮影・江口和貴)

88年入社。バトル、五輪、テニス、サッカーなどを担当。五輪は92年アルベールビル冬季大会、96年アトランタ大会を現地取材。08年北京大会、12年ロンドン大会は統括デスク。サッカーは現場キャップとして98年W杯フランス大会、02年同日韓大会を取材。現在は東京五輪・パラリンピック準備委員。

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