「頭の中にははっきりした理想のイメージがある。それをどう作り上げるかなんですよ」。体操の世界選手権が開かれるドイツ・シュツットガルトの会場で印象に残る言葉に出合った。7日に終わった男子予選で、指導する台湾を64年東京大会以来の五輪団体出場に導いた浜田貞雄さん。73歳にして旺盛な探求心を抱く名伯楽だ。

予選では昨年大会から出場25チームで最多の約11点を積み上げ、順位も17位から8位へ躍進させた。16年から指導を始め、「今回は60%の力しかだせなかった」という状況でも、世界に再び「Hamada」の名前を知らしめた。

69年に日体大を卒業し、故郷高知で教員になるつもりだった。ただ飽和状態で道が厳しくなると、冒険心がうずいた。大学時代、64年東京大会の団体金メダルで世界に君臨した「体操ニッポン」の技術を学ぼうと米国から選手、指導者が来日。英語をしゃべれたため、交友を結んでいた。つてを頼り、海を渡った。

72年からはスタンフォード大学で指導にあたった。無名校を92年には大学制覇まで育て、96年アトランタ五輪では愛弟子が平行棒で銀メダル。55歳でリタイアを決意し、「あとはゴルフ三昧」とシングルプレーヤーの腕を磨こうと帰国したが、体操熱は冷めずにオランダの指導を開始したのは08年。12年ロンドン五輪では鉄棒でゾンダーランドを金メダルに導いた。そして3カ国目が台湾だった。

「競争力、闘争心がない。人は本当に和やかで」という国民性の難しさに向き合いながら、理想への逆算を続けた。「僕はEスコア(演技の正確さを表す点)の規則は気にしない」。着地姿勢や倒立姿勢などの細かな減点はあえてこだわらない。「だって体操は芸術なんだから」。肉体を操る術の究極として、いまでも貪欲に「美しさ」を学ぶ。基盤には米スポーツ界を支えるスタンフォード大で培った心理、運動力学など多用な知識と実践がある。過去には同大に所属したゴルフのタイガー・ウッズを教えたこともあった。

世界の体操界の流れは、Eスコアの徹底した再評価がなされるが、「そればかりだと、がんじがらめになる」と警鐘を促す。果たして減点回避だけの方向性はいかがなものか。日本を飛び出したゆえに得た「美しさ」への独自のこだわりがそこにはある。

躍進する台湾を率いて、母国でどんな芸術作品をお披露目するのか。64年東京大会の地脈が米国につながり、世界を股に掛け、再び東京へ。「恥ずかしいよ。まだそんな完成度ないから」と喜んでいなかった愛弟子が進んだ9日の決勝では、6位とさらに順位を押し上げてみせた。来夏へ、一層の楽しみが生まれた。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)