ママになったからって引退ではない㊤ 元なでしこ大滝麻未の産後4カ月復帰を後押しした新制度
性別によって発生する格差「ジェンダーギャップ」指数で、日本は156カ国中120位。これは先進国で最低レベルだという。サッカー界ではどうか? 昨年9月、国内初のサッカー女子プロリーグ「WEリーグ」が誕生。これをきっかけに、女子選手を取り巻く状況は、少しずつではあるが、変わりつつある―。
ストーリーズ
磯綾乃
出産=引退の固定概念
WEリーグでは現在、2人のママさん選手がプレーしている。
出産後は、選手に復帰することは難しい-。
そんな考え方は、少しずつだが確実に変化している。
子どもが欲しいと引退しなければならない-。
ジェフユナイテッド市原・千葉レディースの元なでしこジャパンFW大滝麻未(32)は、そう思っていた。
最後のなでしこリーグのシーズンが終わった20年冬。来季からWEリーグとなるタイミングで、引退の2文字が頭に浮かんでいた。
「当時は(選手活動とともに)仕事もしていたので、『職場の人にも引退しようと思ってます』と伝えていました。そのシーズンは点も取ったりして、調子が良かったのも自分の感覚的にあった。でもただ、子どもが欲しいとずっと思っていました」
早大から12年にフランスの強豪チーム、リヨン入りした大滝は、同年に欧州最高峰の大会、チャンピオンズリーグ(CL)優勝を経験。25歳だった15年に1度は現役を引退した。
その間に、国際サッカー連盟(FIFA)によるスポーツ学の国際修士「FIFAマスター」を修了。17年に現役復帰し、19年から千葉でプレーする。
日本代表にも選出され、国際経験も豊富な大滝でさえ、出産後の復帰は想像することが難しかった。
休暇と報酬の保証
背中を押したのは、20年7月に結婚したイタリア人の夫だった。
「なんで、子ども欲しいからやめるの? やりたいならやればいい」
当たり前のように言われた一言。思ってもみなかった選択肢を提案された。
タイミングも後押しした。ちょうど同時期に、国際サッカー連盟(FIFA)が女子選手の産休制度を設けた。妊娠した選手は最低14週間の休暇が認められ、その期間は報酬の3分の2を保証される。
さらに国内のリーグ環境もプロに変わることで、仕事との両立からサッカーに専念することが可能だと感じた。
「前みたいに働きながらサッカーして、妊娠・出産もしてというのだったら、かなり難しかっただろうなと。プロリーグの環境が整った中でだからこそ、できた選択なんだと思っています」
大滝が契約更改の場で思いを伝えると、クラブ側は親身に寄り添ってくれた。 どうしたら不安なくプレーできるのか。どんなサポートができるのか。前例はない。大滝の話を聞きながら、クラブは1つずつ環境を整えた。
WEリーグはFIFAと同じように、産休期間の報酬3分の2を保証することをクラブに義務付けている。
しかし千葉は、全額を支給することを決めた。森本航社長は「男子の選手だって、1年くらいケガしても満額を払っている」と、一切迷わなかったという。
さらに、プレー時に必要なベビーシッター代の半額も、クラブが負担することを決定。これらの制度は、大滝の出産前に決められていたものだ。
21年11月に計画分娩(ぶんべん)で長男柚生(ゆずき)君を産んだ大滝は、翌月に練習復帰。そして2月27日。女子チームの日本一を決める皇后杯決勝の舞台で、ピッチに帰ってきた。結果的には出産から約4カ月のスピード復帰だった。
出産後もクラブは安心して活動できる環境をつくっている。3月に静岡・御殿場で行った合宿には、生後3カ月の息子と夫も同行できるようにサポートした。 「だんなさんも息子もチームの一員」。スタッフも選手にも、そんな空気が流れている。“2人”が加わったチームが、今では当たり前の光景だ。
「クラブになんとか恩返ししたいという気持ちも、やっぱりすごく強くなりました」。
快く支えてくれるクラブへ、大滝の中には新たなモチベーションも生まれた。
大滝と密にコミュニケーションを取ってきた千葉の三上尚子ゼネラルマネジャー(GM)は、女子クラブとしての責任を感じている。
「クラブとしても勉強になったし、話しながら初めて分かったこともあります。続ける道もあるし、違う道に行く道もあるという、ちゃんと選べる状況を作ることが大切かなと思っています」
1歩ずつだがママさん選手が活躍できるピッチは、広がっているのかもしれない。
◆大滝麻未(おおたき・あみ)1989年(平元)7月28日、神奈川県生まれ。湊FC-横須賀シーガルズ-早大を経て、12年1月にフランスリーグのリヨンとプロ契約。その後15年に現役引退後、17年パリFCで復帰。横浜FCシーガールズを経て現在は千葉に所属。趣味はピアノ。家族は夫と1男。174センチ、56キロ。血液型O。
後編は5月27日に配信します。お楽しみに!