タイガー・ウッズの“裏の顔” もってない記者が目撃してしまった2つの場面

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」を蔵出しして毎週水曜日に配信します。今回は21年に世界ゴルフ殿堂入をした、タイガー・ウッズです。(2020年5月22日紙面より。年齢、所属など当時)

ゴルフ

加藤裕一

<マイメモリーズ>

優勝トロフィーを掲げるタイガー・ウッズ=2019年10月28日

優勝トロフィーを掲げるタイガー・ウッズ=2019年10月28日

まあまあ長く、ゴルフを担当している。ざっと合計で15年。最初の取材が96年秋のダンロップ・フェニックスで、尾崎将司が通算100勝を達成した。決勝ラウンドまで、尾崎が会見で口にする「PS」がピッチング・サンドと分からず、他紙の後輩に尋ね「知らずに原稿書いてたんですか?」とあきれられた。  

担当歴が長い割に、歴史的瞬間にはあまり立ち会っていない。宮里藍、石川遼のアマチュア優勝からの大ブレークは、デスクをしていて外した。昨年の渋野日向子の全英女子オープン優勝時は相撲担当だった。  

要は持っていない。なので、記憶に残る最も印象的な場面も、ちょっと変かもしれない。タイガー・ウッズの“裏の顔”だ。  

2000年8月24日、NECインビテーショナル初日  タイガー・ウッズはラフからショット

2000年8月24日、NECインビテーショナル初日 タイガー・ウッズはラフからショット

商売道具のキャディーバッグ蹴り倒し

2000年8月24日、米オハイオ州アクロンにあるファイアストーンCC。WGCシリーズのNECインビテーショナル(今のブリヂストン招待)でウッズは首位スタートを切った。前週の全米プロで優勝し、その日も2番パー5でベタピンのイーグルを決め、6アンダーの64(パー70)。ウッズは囲み取材後、打撃練習場へ。十数人いた現地メディアは後を追わなかったが、私は追っかけた。英語がほぼできないから、囲みのコメントもよくわからない。ならば、見られる限り見ておかないと原稿を書けない。仕方なしの“単独取材”だったが、結果的に思わぬシーンに出くわした。  

打撃練習場は無人だった。出場選手が世界ランク上位者ばかりの37人と少なかったせいもある。ギャラリーの姿もなく、私以外の記者もいない。  

ウッズが現れた。当時のコーチ、ブッチ・ハーモンとキャディーのスティーブ・ウイリアムスが待つ打席にすたすた歩み寄った。そしていきなり、立ててあったキャディーバッグを蹴り倒した。横になったやつを、さらにボコッ、ボコッ、ボコッと3発。思えば、上がり3ホールで2ボギーをたたき、囲み取材で「仮に59を出しても、いいプレーを続けなければ意味はない」とこぼしてはいた。それにしても…商売道具を蹴るか? めちゃくちゃに。  

全英オープン最終日 3番、ティーショットを放つタイガー・ウッズ=2018年7月22日

全英オープン最終日 3番、ティーショットを放つタイガー・ウッズ=2018年7月22日

帽子で木を殴ってズタボロに破壊

1998年1月24日、タイのプーケットにあるブルーキャニオンCC。欧州ツアー開幕戦ジョニー・ウォーカークラシックの第3日も忘れられない。ウッズはパットに苦しみ、前日は34、この日は36パット。海越えの右ドッグレッグの13番パー4は約320ヤードをかっ飛ばし、1オンさせて3パットのパー…。16番で4メートルから3パットボギーをたたき、キレた。  

17番ティーグラウンドに向かう途中の林の中、帽子で木を殴ってズタボロに破壊。そのせいで、すでに生え際が後退気味だった頭をさらし、残り2ホールをプレーした。ウッズの無帽プレーを見たのは、その時だけだ。  

審判がいない。すべては自己責任。ゴルフは「紳士的なスポーツ」と言われるが、聖人君子ばかりじゃない。米ツアー史上最多82勝、メジャー通算15勝を挙げたスーパースターもやはり人の子。不倫スキャンダル、離婚などもあったし…。それでも、さすがと思うのは、2つの“事件”も公衆の面前でなく、人目を避けたガス抜きだったことだ。  

ちなみに、ウッズは2試合とも優勝した。

2000年8月28日、NECインビテーショナルで優勝したタイガー・ウッズ

2000年8月28日、NECインビテーショナルで優勝したタイガー・ウッズ