パラ陸上100メートルの超新星が初の11秒台、アジア新記録に照準を合わせた。9月1、2日に高松市で行われる日本パラ陸上選手権の男子T64クラス(下肢義足)に出場する井谷俊介(23=ネッツ東京)は、今季デビューして3戦2勝。20年東京パラリンピック出場とプロのカーレーサーという2つの夢を追う異色のスプリンターだ。11秒77のアジア&日本記録保持者・佐藤圭太(27=トヨタ自動車)とはこれまで1勝1敗。3度目の直接対決で12秒01の自己ベストとアジア記録更新を狙う。

 

井谷は酷暑の中で着実に準備を整えてきた。目前に迫った日本パラが4本目のレースになる。「不安のない状態で走れると思います。できれば11秒台、アジア新を出したいですね」。デビュー戦だった5月の国際大会・北京GPでいきなり優勝。7月1日の関東パラで佐藤を破り、同7日のジャパンパラでは雪辱された。これまで3戦2勝。実績が評価されて24日には10月のアジアパラ代表にも選出されている。

中国GPで義足を着ける右脚の太もも裏に肉離れを起こし、痛みと不安を抱えたまま2レースを走った。その後の2カ月は治療とトレーニングに集中。下半身の筋肉を増やし、苦手なスタートやトップスピード時のフォーム改良にも取り組んでいる。山県亮太、福島千里らを指導するトレーナーの仲田健氏(49=写真)に師事。日本のトップ選手と一緒に練習し、直接アドバイスをもらえる環境も成長を後押しする。

「福島さんのスタートのアドバイス、頭では分かるんですが、実際にやるとなると…。僕、陸上は素人ですから、なかなかうまくいかないですね」。津田学園高(三重)までは野球一筋。東海学園大では幼い頃から興味があったプロのカーレーサーを目指していた。大学2年の終わりにオートバイ事故で右膝下から切断。自分以上に落ち込む家族、友人を笑顔にするために20年東京を目指すことを決意し、義足の陸上クラブを訪ねたのが走るきっかけになった。

本格的に競技を始めたのは昨年11月末で、キャリアは9カ月にすぎない。仲田氏は言う。「今年の目標は試合に慣れること。ケガもありましたからね。ただ、練習のタイムから考えれば余裕で11秒台が出てもおかしくはない。タイムにはこだわってほしいです」。高校時代は野球のスパイクで100メートルを11秒台で走っていた。持って生まれた資質が今、花開きつつある。実際に練習では手動計時ながら11秒60をマークしているという。

「(佐藤)圭太さんと競い合うことで世界と戦えるように、10秒台で走れるようになりたい。20年東京では表彰台に上がりたいです」。東京までは陸上、100メートルに専念し、その後は再びカーレーサーの夢を追う。「陸上との二刀流? どうですかね。その時になってみないと分からないです」。パラ陸上界に突然現れたスプリンターは、自己ベストの12秒01を突き抜けて一気にアジアレコードを打ち立てるのか。佐藤との3戦目は2日、決勝レース1本勝負になる。【小堀泰男】

 

○…井谷は甲子園の主役になった金足農・吉田輝星投手に似ている。色白の端正なマスクで、眉の整え方にも共通点があるような…。「会社でも言われました。でも、僕の方が年上ですからね。彼が僕に似ているんじゃないか、と。まあ、彼の方が圧倒的に有名ですから」と笑った。20年東京へ向けて記録はもちろん、知名度もアップさせたい!?

 

◆井谷俊介(いたに・しゅんすけ)1995年(平7)4月2日、三重県尾鷲市生まれ。津田学園高では野球部の投手。東海学園大在学中はアルバイトで資金を捻出してカーレース活動に没頭した。プロレーサー脇阪寿一と知り合い、その紹介で仲田健氏の指導を仰ぐことになった。ネッツトヨタ東京にプロレーサーを目指し、陸上で20年東京パラリンピックに出場する夢を企画書として提出して採用が決まり、今年4月に入社。179センチ、72キロ。