女子日本代表が準々決勝で世界ランク1位の米国にストレート負けし、ロンドン五輪の銅に続くメダル獲得はならなかった。エース木村沙織主将(29=東レ)は集大成として臨んだ4度目の五輪で、有終の美を飾ることはできなかった。今後については明言しなかったが、女子バレーの未来を託すかのように古賀紗理那(20=NEC)の名前を口にした。

 木村の挑戦が終わった。試合後、涙を流す21歳のセッター宮下に伝えた。「紗理那をよろしくね」。アンダー世代から常に代表に選ばれ続けてきた新星は、期待されながら五輪メンバーから落選。「またすごく大きくなると思う。妹じゃないですけど、ずっとそんな感じでやってきたので。頑張ってほしい」。自身の五輪が終わった瞬間から、主将は次のエースに思いを巡らせていた。

 第3セット、米国のマッチポイント。木村が放ったサーブは、強烈なスパイクになって返ってきた。自ら体を投げ出す。両手を伸ばした先にボールは落ちた。試合終了。気丈に笑顔で立ち上がる。それでも攻撃を引っ張った長岡らが流す涙に胸が詰まった。コート上での最後の円陣では一言、「4年間ありがとうございました」。精いっぱいの言葉だった。

 17歳で代表に選ばれてから、吉原知子らのキャプテンシーに引っ張られてきた。ロンドン五輪後、主将のタスキが回ってきた。「気が利くことも言えない。だから苦しい時に決めてチームを前向きにさせる存在になりたい」。世界最終予選で痛めた右手小指の包帯は最後までとれなかったが、五輪では全試合に先発した。04年アテネ五輪では同じ8強で敗れ、人知れず涙した木村。この日、敗退に泣き崩れる後輩を笑顔でねぎらう姿があった。

 初めての五輪だった鍋谷ら若い8人に向けて「自分たちで勝ち取ってここにきた。いろんな思いを持って戦っていたと思う。東京五輪が楽しみ」と、期待を寄せた。長く代表チームを引っ張ってきた女子バレーの顔は、静かにコートを去った。

 ◆古賀紗理那 こが・さりな。1996年(平8)5月21日、佐賀県神埼郡出身。ウイングスパイカー。5歳で熊本に引っ越し、小2で競技開始。大津中、熊本信愛女学院高と進み、高2で日本代表。卒業前にVリーグNECで日本一に貢献。家族は両親と姉。180センチ、66キロ。