陸上の男子20キロ競歩で山西利和(25=愛知製鋼)が、1時間21分28秒で銅メダルを獲得した。

京大出身者の五輪メダル獲得は、1936年ベルリン大会3段跳び金の田島直人、銀の原田正夫以来、85年ぶりの快挙となった。

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表彰台に立ち、山西は薄暗くなった空を見上げた。午後6時を回っても気温30度超え。レース3時間半ほど前まで雨が降り、ジメジメとした天候も想定内だった。一番高い場所に立っているはずだった。「東京で金を取るのが、日本競歩チームの使命だった。それができなかったのが残念」。注がれるカメラのフラッシュに作り笑いを浮かべた。

19年世界選手権王者は、金メダルを期待された。自らも「ターゲット」と繰り返してきた。序盤は海外勢2人が抜け出し、最大13秒差がついた。「想定はあった」。12キロ地点で3秒差。吸収したが、見えないダメージを食らった。「追うなら追う、追わないなら追わないの判断が中途半端になった」。スタノ、池田との真っ向勝負。国内ではペースに緩急をつけ、最後に勝つ。だが、18キロを過ぎて離された。理由を分析した。

「2番手集団を自分が引いて、勝ちきれる力があると過信した。最初に五輪の金メダルに(目標を)設定した。そのアプローチでの、自分の甘さが全てです」

俺たちは弱い-。高1で競歩を始めてから、京都・堀川高の顧問だった船越康平さん(47)と何度も確認し合った。中学時代は3000メートルで府大会にも行けていない。1学年240人のうち80~100人が京大を受験する進学校。現役で合格したが、競歩の世界で「京大卒」の肩書が先行するのを嫌った。「別の分野かもしれないけれど、周りが真っすぐに突き進む姿に刺激をもらっていた」。競技は競技の結果で評価されるべき-。自分に何が不足しているかを考え、目標から逆算することにたけていたから、この位置まで来た。

京大出身者の五輪メダルは85年ぶりの快挙だ。それでも返答に迷わなかった。

「次は金メダルを取って(京大出身で)2人目になりたいなと思います」

24年パリ五輪の頂へ、逆算が始まった。弱さを知って、強くなる。【松本航】

◆京大出身者と夏季五輪 山西が9人目の出場。16年リオデジャネイロ五輪女子ラグビーで竹内亜弥が48年ぶりに五輪代表となり、メダルは36年ベルリン五輪の田島直人(陸上男子三段跳び=金、走り幅跳び=銅)、原田正夫(三段跳び=銀)までさかのぼる。歴代のノーベル賞受賞者27人のうち、11人が京大にゆかりのある研究者。工学部卒業となる山西の卒業論文テーマは「部分空間同定法を用いた信号の周波数推定」。

◆山西利和(やまにし・としかず) 1996年(平8)2月15日、京都府長岡京市生まれ。堀川高1年時に競歩を始める。3年夏に世界ユース選手権1万メートルで優勝。京大工学部にセンター試験は「D判定」から逆転の現役合格。入学後は17年ユニバーシアードで金メダル。18年ジャカルタ・アジア大会銀メダル。19年世界選手権で金メダル。164センチ、54キロ。愛知製鋼所属。