【江川マリア〈中〉】リンク閉鎖に中庭健介コーチとの別れ・・・飛躍矢先のショック

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の思いに迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第16弾は、江川マリア(19=明治大)の登場です。所属を千葉・船橋市のMFアカデミーに移した2022年は、東京選手権や東日本選手権で優勝するなど飛躍のシーズンとなりました。23年シーズンは、昨年22位に終わった全日本選手権での雪辱に向け、さらなる進化を目指します。

全3回の中編では、自身を変えた恩師との出会いや高校での成長の日々、ホームリンク閉鎖により揺れ動く胸の内に迫ります。(敬称略)

フィギュア

   

20年11月全日本ジュニア選手権、SPの演技。「変わりたい」思いが実り高2で躍進。トップ選手たちの仲間入りを果たす

20年11月全日本ジュニア選手権、SPの演技。「変わりたい」思いが実り高2で躍進。トップ選手たちの仲間入りを果たす

「変わりたい」志願して新しいチームへ

5年前。2018年の初空を、江川マリアは1つの決心を胸に見上げていた。

中2の1年間が終わる頃のこと。周囲が高校受験ムードをまとい始めたその季節に、中庭健介コーチも指導する石原美和コーチのチームへ移籍することを志願した。

それは、所属のパピオアイスアリーナ(現オーヴィジョンアイスアリーナ福岡)フィギュアクラブ内で最も上級者たちが集まるチームだった。

「一番に、自分の中で変わりたい気持ちが強かったんです」

パピオで学んだ8年間。全国大会出場の経験はあったものの、誇れるような成績を残せていたわけではなかった。

変わりたい-。その思いが、14歳を突き動かした。

「結構、ホワホワとしていて、周りからは心配されることも多かった」

勝負事に控えめだったマイペースな少女が、初めて自ら選んだ挑戦の道だった。

福岡市出身の中庭コーチは、現役時代、1999年から12年連続で全日本選手権に出場し、3度の表彰台入りを誇る。2011年に現役を引退後、選手時代を過ごしたパピオで指導者としてのキャリアをスタートさせた。

江川にとって、フィギュアスケートの、そして地元の大先輩にあたる憧れの存在だった。

今でも、「あの時に出会っていなかったら今の自分はないと言い切れますね」と振り返る。

18年11月西日本ジュニア選手権、フリーの演技。この年、中庭コーチのチームに入り、環境を変えて練習に励んだ

18年11月西日本ジュニア選手権、フリーの演技。この年、中庭コーチのチームに入り、環境を変えて練習に励んだ

教えるより考えさせる指導

新しいチームのことは、同じ時間に同じリンク内で練習していたためによく知っていた。長い間、その光景を遠くから眺めてきた。

もちろん中庭コーチとも面識はあったものの、直接指導を受けるのは移籍後が初めて。緊張の面持ちで臨んだ初練習から、その教え方に衝撃を受けた。

「一方的な指導じゃなくて、選手に寄り添ってくれるんです」

毎回の練習の度、そしてジャンプやスピンがうまく決まる度に、尋ねられた。

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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。