【松生理乃〈上〉】涙した母 駆け寄った山田、樋口先生…あの日の景色を忘れない

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の思いに迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第14弾は、松生理乃(18=中京大)の登場です。昨季は体調不良の影響などもあり、本来の力を発揮しきれない試合が続いた時期もありました。今春からは中京大へ進学し、新たな思いを胸に競技と向き合っています。

全3回の上編では、よく泣いていた幼少期や本格的に競技を始めるまでの道のり、ダブルアクセルを跳べた日のことを描きます。(敬称略)

フィギュア

   

22年全日本でフリーの演技をする松生理乃

22年全日本でフリーの演技をする松生理乃

松生理乃(まついけ・りの)

2004年(平16)10月10日、愛知県名古屋市生まれ。6歳からスケートを始め、9歳から本格的に競技開始。20年全日本選手権4位。同年全日本ジュニア選手権、21年全国高校選手権(インターハイ)、同年冬季国体で3冠達成。21年全日本選手権は7位。22年4大陸選手権5位。23年4月から中京大スポーツ科学部スポーツマネジメント学科に進学。身長150センチ。

「ねえ、スケートの子だよね?」大学で声をかけられた

「最初は授業が思っていたよりも多くて、なかなか練習時間もとれなくて。どうしようって思っていたんですけど、だいぶ慣れてきました」

松生理乃はそう言って、茶色に染めた髪を耳にかけた。ピアスがきらりと光る。その指先には、深みのあるだいだい色のネイルが施されていた。

大学1年の夏。キャンパスライフにもなじんできた。

在籍するスポーツマネジメント学科では、およそ80人の同期とともに、スポーツ経営や法制度などを学ぶ。

「ちょうど今は、グループワークをやっていて。『スポーツが苦手な人が、スポーツジムに行きたくなるようなプログラムを提案する』というテーマで。研究を読んで、こういう結果があるから根拠はこれにしようとか話し合っています」

21年にスポーツ科学部に新設された学科とあり、同期にスケート部の友だちはいない。サークル活動や勉強に打ち込む学生たちと一緒に、午前9時30分から1限目の講義を受けたり、昼ご飯を食べたりする。

上限いっぱいの24単位を履修し、第2外国語で韓国語を学ぶ日々は、忙しなく過ぎていく。

声をかけられたのは、そんな日々の最中だった。

必修科目の合間に、同期の女の子に話しかけられた。

「ねえ、スケートの子だよね?」

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。