「韓国人? えっ、日本? 何しに来たんだ。日本人には関係ないだろ」。90年イタリア大会のプレスルーム。ドイツ人記者に嘲笑された。悔しかったが、返す言葉はなかった。同大会出場を目指した日本代表はアジア2次予選敗退。「いつかW杯で日本代表を取材したい」と思ったが、当時は非現実的な夢だった。

日本とW杯は、意外と古い付き合いだ。国際サッカー連盟(FIFA)が本格的にW杯にスポンサー制度を導入した82年スペイン大会には、日本企業が名を連ねていた。セイコーなど9社中4社。86年メキシコ大会では、高田静夫氏が日本人として初めて主審を務めた。しかし、日本代表がW杯に出ることは夢物語。日本は大会の裏方だった。

98年フランス大会で初出場したが、欧州や南米の真剣勝負に比べて日本は「お客さん」感が強かった。参加24チームが32チームに増えて、アジア枠も倍増。意地悪く言えば、FIFAの拡大戦略で「仲間に入れてもらった」出場だった。

02年の日韓大会も、元はFIFAの「世界戦略」の一環。欧州と南米だけでなく、アジア、アフリカにも影響力を広げ、W杯を世界的なイベントにする狙いだった。代表チームは出場しても、活躍するのは世界的に注目されるブラジルやドイツでいい。1次リーグを突破しても、まだ「中心は欧州と南米」だった。

強豪国は口をそろえ「決勝トーナメントからが本当のW杯」と言う。真剣勝負は16強からで、1次リーグは予選。なるほどとは思うが、常に16強のボーダーライン上にいる日本にとっては、悔しい言葉でもある。それが2大会連続の1次リーグ突破。しかも、ドイツとスペインを破ったのだ。

森保監督が口にした「世界と戦えることを示せた」のがうれしい。7分のロスタイム、29年前の悲劇も頭をよぎった。しかし、日本の守備ブロックは完璧で、パスを回すしかないスペインを逆に追い込んだ。防戦一方に見えて内容は違う。2点取るまでの鬼プレスから、スキのないブロックへの見事な切り替え。「ドーハの悲劇」からの成長は、想像をはるかに超えた。

W杯が別世界だった時代から「お客さん」になり、今「大会の中心」になろうとしている。ドイツやスペインを超えたとは思わないし、次の対戦で勝てるかも分からない。しかし、少なくとも今大会の日本の活躍は世界に伝わった。8強常連のメキシコなどに続き、欧州と南米に次ぐ勢力として認識されるはずだ。

あのドイツ人記者に「見たか!」と言って胸を張りたい。ドイツは2大会連続で「予選(1次リーグ)」敗退。そのドイツを破った日本は2大会連続「予選」突破。もちろん、これを続けていくことが必要ではあるが、この30年の成長を考えれば、日本サッカー協会が宣言している「2050年W杯優勝」も意外と早く実現するかもしれない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIの毎日がW杯」)