「イニシエート」。初めて知るサッカー用語だった。
動画配信サービスDAZNの人気番組「Jリーグジャッジリプレー」を興味深く視聴している。そこで出てきたのが、イニシエートという言葉。本来の「inisiate」は事業などの開始、創始の意味だ。
だが、サッカー用語としては「自ら接触を起こしファウルを誘発させるような行為。あるいは接触を起きる原因を意図的に作る行為」なのだという。
■後半アディショナルタイムのPK
12月2日にあったJ1昇格プレーオフ決勝、東京ヴェルディ-清水エスパルス戦。清水の1点リードで迎えた後半アディショナルタイムに、渦中のプレーは起きた。
東京Vの染野唯月がドリブル突破を図ったところ、DF高橋祐治がスライディングタックルで倒した。主審は迷わずPKを判定した。このPKを染野が決め、1-1の同点となり試合は終了。劇的な結末で、東京Vが16年ぶりのJ1復帰を果たすことになった。
まさに天国と地獄。清水にとっては「国立の悲劇」とも表現できるだろうか。
そのDAZNの番組はいろいろな見解に触れ、ためになるものばかりだった。映像を見ると、染野が高橋からタックルされる瞬間、左足を左側へと開いて接触している場面が映っていた。
プロフェッショナルレフェリーの第一線で活躍した家本政明さんは、主審の判定を尊重すると断った上で「どちらとも言える。6-4、5-5、4-6…非常に難しい。映像のアングルではファウルっぽくも見える」。そして「個人的にはノットファウルと感じる」としていた。そこで出たフレーズが「イニシエート」だった。
VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)がなぜ入らなかったのか? という視点もあるが、そもそもVARは「明らかな誤審」や「見逃された重大な事象」が発生した場合において主審をサポートするもので「最良の判定を見つけるもの」ではない。意見が分かれる判定においては介入しないというのが、VARの在り方だ。
■ファウル誘う狙い見当たらず
このワンプレーを見直すことで、さまざまな事柄をあらためて整理できるいい機会となった。この事象はファウル判定でのPKに問題はないと思っている。試合後のミックスゾーンで、染野はあそこをかわし、シュートまで持ち込むつもりだったと話していた。
自分が決めるという強い気持ちがにじみ、ファウルを誘うという「他力本願」はなかった。左側から来た相手に対し、自らの足を当てることで動きを止め、そして前へ出ようとしたのだと取材して感じた。選手としての本能だったのだろう。
審判員として活動する後輩に教えてもらったが、PKか否かを判定する時の笛は、ひと呼吸置いてから鳴らすのが大事なポイントだそうだ。瞬時に鳴らさず、起きた映像をいったん自らの頭の中に流し、確認する「間」が必要なのだ。染野が倒された場面でも、主審は落ち着いた様子でひと呼吸置いてから笛を吹いていた。プロの仕事を全うした。
■不測の「怖さ」を感じていれば
プレーオフ決勝から数日後、東京VのOBで元日本代表DFだった都並敏史さん(JFLブリオベッカ浦安)と話す機会があった。ちょうど30年前に、後半アディショナルタイムの失点でワールドカップ(W杯)出場を逃した「ドーハの悲劇」を体験している。自然とあの場面が話題となり、都並さんはこう表現した。
「サッカーを分かっちゃいない」
それは高橋がエリア付近でスライディングをしたことへのものではなかった。PK判定に至る前までの、チームとしての戦い方についてのものだった。
「あの時間帯、裏を狙って長いボールを蹴ってくるのは分かってるはず。準備ができていないし、対応がどれもまずかった」
あのファウルに至るまでのプレーを巻き戻すと、こうだ。
中盤でルーズボールを拾った清水DF吉田豊は左サイドにいたMF神谷優太へ浮き球のパス。胸トラップしたところを3人に囲まれ、神谷は前へかわそうとしたところを奪われ、短い足元のパスから東京VのMF中原が前方へ浮き球の縦パスを送る。そのボールが清水DF鈴木義宜の頭越しに染野に渡り、縦へドリブルで抜け出す。これに追走した高橋がエリア内で倒すとという一連のプレーだった。
あの場面は瞬時に、ボールの取られ方が悪いと感じた。神谷が受けたところで3人に囲まれており、逃げ道がなかった。一方のボールを奪った東京Vは、ゴールも含め同一視野の中で素早く攻守を切り替えられた。そして前方には広いスペースが広がっている。スピードのある染野を活かせる条件がすべてそろっていた。
■清水はきれいなサッカー貫いた
都並さんの言葉を補足すると「サッカーの”怖さ“を分かっちゃいない」ということだろう。清水の選手たちは「怖さ」を覚えていなかったように見えた。
一貫して試合の主導権を握っていたのは清水であり、選手たちからすれば、このまま自分たちのプレーをやり通せば1-0で押し切れると信じていただろう。だが、サッカーは怖い。
アディショナルタイムとなっても時間稼ぎをするような泥臭い場面はなく、終始きれいなサッカーを続けていた。
ここで「たら、れば」を言うのは心苦しく、机上の空論でしかないのは承知の上だが。
例えば、吉田の浮き球パスが神谷の胸元でなく、もうひと山越えて左サイド奥のオープンスペースを突く縦パスであれば、相手DFラインを大きく下げることができ、そこへ人数をかけられたら「押しくらまんじゅう」に持ち込めたかもしれない。
また、神谷が3人に囲まれた場面。無理な突破を狙わず、相手に当ててサイドラインを割ればスローインからのリスタートだった。さらに中原に渡ったタイミングでのアプローチがもう1歩速ければ、うまくボールを蹴らせていなかったかもしれない。そしてもう一つ言えば、染野への縦パスを警戒していれば、鈴木、高橋は動きだしの時点で体を寄せるか当てることができたかもしれない。結果とは一つ、一つ、連続するプレーの積み重ねだ。
いわば「サッカーの怖さ」を覚えていれば、未然に防げたように思う。次の1年が懸かった試合であり、カテゴリーが変わればサッカー人生への影響は免れない。そこまで深く考えれば、本来のスタイルをかなぐり捨てて、オーバーなくらいに泥臭く戦って良かった。
■30年たち判定が社会の関心事に
ドーハの悲劇を経験した都並さんだからこそ言える「分かっちゃいない」。そこには当時の記憶と思いが甦っていたのかもしれない。サッカーの深潭(しんたん)に触れた気がした。
1966年W杯決勝で西ドイツを破り、イングランドを初優勝に導いたハーストの「疑惑のゴール」は、半世紀以上も論争が続いた。欧州社会においてサッカーは大きな関心事だった。
そして今、Jリーグでも何かにつけて議論が起きるようになった。それも1つの判定において。プロサッカーリーグの開幕から30年、この国にサッカー文化が深く根付いていることも感じている。【佐藤隆志】









