全国高校サッカー選手権大会で初優勝した岡山学芸館の高原良明監督(43)は、苦悩の連続だった。88年(昭63)の創部当時は部員の喫煙が日常。練習場所はなく、空き地でボールを蹴るしかなかった。苦節15年目で全国制覇。その背景には体力勝負もあった。
J2昇格前のファジアーノ岡山に在籍していた03年に、マイクロバスの運転免許を取得した。現役選手&サッカー部のコーチ&運転手。3つのわらじを履いていた。出身は福岡県。はじめは面識のある指導者と試合を組むことが多く、400~500キロ離れた福岡に向かってバスを走らせる機会も多かった。「バスの運転で6時間とかはへっちゃらですね。感覚がおかしくなってます。岡山と福岡はすごく近いじゃんって」。いまでこそ笑えるが、遠征先では2桁失点で負けることもあった。「最初はボロボロでした。相手に申し訳ないなって」。精神的にも疲労は大きかった。
強豪校に仲間入りした現在も息抜きは少ない。「休みはほぼない。たまの休みは家でのんびりするとか、買い物に行くとか…」。妻、娘2人、息子1人を支える一家の大黒柱だ。「家族旅行にも、ほぼ行ったことないです。(自分は)マイクロバスを運転してよく“旅行”には行きますけどね」。冗談を交えつつも、家族に後ろめたさもあった。「たまに外食に行くだけでも喜んでくれます。ファミリーレストランでも大喜びです」。かけがえのない時間を仕事に割いてきた。だからこそ頂点に立てた。
指導に携わった当初は、たった10人ほどのサッカー部だった。部室もなく、雨が降れば木の下で着替えた。日没の早い冬は、車のライトでしのいだ。名もなきチームのマイクロバスの運転手が、熱血指導で選手権制覇に導いた。高原監督は、座右の銘「人生何事にも耐えて勝つ」を貫いてきた。【只松憲】




