サッカー日本代表の森保一監督(53)が新春インタビューに応じ、ワールドカップ(W杯)イヤーの2022年の思いを語った。昨年はW杯アジア最終予選の序盤3戦で2敗といきなり追い込まれた。批判も渦巻く中、その後は3連勝で現在はW杯出場圏内を確保した。今年は漢字一字で表すなら「喜」にしたいと明言。まずは本大会出場を決め、8強進出と、ぶれない目標を掲げた。予選から戦う初の日本人監督として日本協会が掲げる「2050年までにW杯優勝」へつながる戦いをしていく。
森保監督は、新年を「喜」の一字で表せる年にしたいと語った。「W杯で歴代最高の成績を掲げている。まずは出場権をつかむところに集中し、1年が終わったときに、サポーターやみなさんと喜びを分かち合える結果を」。いよいよ佳境に突入する最終予選、そして先に待つ本大会へ、力に満ちた口調で意気込んだ。
去年を表す言葉は「『幸』ですね」。コロナ禍で、活動ができた。それだけで、感謝の思いがこみ上げる。五輪ではメダルに1歩届かず4位。最終予選では初戦ホームのオマーン戦でまさかの敗北を喫するなど、序盤3戦で2敗と危機に見舞われた。「結果の悔しさは絶対的に持たないといけない」。現在は3連勝でW杯出場圏内のB組2位に順位を上げた。「紆余(うよ)曲折、山あり谷ありの中で、チームもスタッフも成長できた」と、苦境も糧に前へ進んでいる。
もともと少ない代表活動の時間が、コロナ禍でさらに制限され続けてきた。国際親善試合もできない。1、2回の全体練習だけで公式戦に向かう状況を強いられた。一方で東京五輪ではホームの利を生かして事前に合宿と実戦の機会を確保したが、準決勝でスペインに惜敗した。
気づきがあった。なぜ、スペインは急造チームにもかかわらず、あれだけパスがつながるのか。「強豪はどの国も、ポジションごとの役割がはっきりしている。どういうプレーが求められるか、小さい頃からわかっているのでは」。年齢やチームメートが変わっても、舞台が五輪であろうがW杯であろうが、基本的な仕事が変わらないから質も落ちない。日本にはない一貫性だった。
独自の良さを生かしたスタイルを構築していく。その枠組みを作ることが、目の前の結果とともに自身が力を注ぐべき仕事だと感じている。五輪世代とA代表を兼任したことで、選手が迷いなくプレーでき、最終予選でのMF田中碧(デュッセルドルフ)の起用にもつながった。「『型にはめられる』など賛否両論も出ると思うが、迷わずにできることと、状況判断があることを忘れずにやれば、準備期間が短くても選手がスムーズに思い切ってプレーできる」。クラブには色があっていい。ただ日本代表は監督ありきではなく、普遍のスタイルを持つことが、強豪の仲間入りに近づく1歩だと感じている。
日本協会が掲げる、50年までにW杯制覇。日本が初めてW杯に出場した98年から、折り返しの地点にさしかかっている。予選からすべてを戦う初の日本人監督として「日本人が監督を続けていけるようにするという意味で、大きな責任を背負っている」。98年には遠かった強豪国の背中も、少しずつ大きく見えてきている。前進の歴史を止めないためにも、W杯出場は絶対の使命だ。
目の前の勝利に集中しつつ、50年という大目標の途中にあることも忘れない。「まず守備から攻撃への切り替え。速攻ができないと世界の舞台ではなかなか得点を奪えない。守備では球を失った瞬間にできるだけ速く奪いにいくこと。日本の良さであり、生命線」。アジアでは引いて守る相手が多くなるのが現実。それでも戦い方は「対世界」の目線から変えない。それで苦戦しても、W杯に出場したときに実ると信じている。
W杯開催地はカタール。森保監督にとっては現役時代のドーハの悲劇を経験した地だ。最終予選の際には、同じドーハ組のラモス瑠偉氏やFWカズ(三浦知良)らから激励もされた。「ドーハの歓喜に変えられるように。日本サッカーが成長したと世界の人にも思ってもらえるように、また応援してくれる方々が誇りをもってもらえるような結果を出したい」。新しい歴史を作るための、勝負の1年が幕を開けた。【岡崎悠利】
<森保日本W杯最終予選>
◆9月2日オマーン戦 日本は最終予選の初戦で2大会連続黒星スタートとなった。ボールを保持し、伊東らがゴールに迫ったものの無得点。選手交代でも流れを引き寄せられず、終了間際の後半43分に自陣左サイドを突破されてクロスから失点した。冨安がアーセナル移籍の手続きなどで不在となり、南野、板倉もけがで欠場。準備不足は明らかで、最終予選を戦うレベルに達していなかった。
◆9月7日中国戦 新型コロナウイルスの影響による中国の渡航制限のため、中立地のドーハで開催。日本は序盤から一方的に攻め立てた。5バックで守備を固める相手を崩しきれなかったが、前半40分に右サイドをドリブル突破した伊東のクロスを大迫が右足で合わせて先制。後半から中国が布陣を変えて同点弾を狙ってきたものの、守備陣は集中を切らさずに対応し、そのまま逃げ切った。
◆10月7日サウジアラビア戦 日本は序盤からサウジアラビアの圧力に苦しんだ。前半24分に南野が頭、同29分には大迫が右足で狙ったが、いずれもGKに阻まれるなど少ない好機も生かせなかった。暑さで消耗した後半に崩れ、26分に原口、柴崎とバックパスのミスが続いて相手FWに渡ってGK権田の股間を抜かれた。5万人以上のサポーターで埋まった敵地の会場は大歓声が響き続けた。
◆10月12日オーストラリア戦 引き分け以下なら森保監督の解任もあった日本は、従来の4-2-3-1の布陣から4-3-3に変更。中盤中央の強度を高め、緩急を交えた攻撃で好機をつくった。前半8分、南野の左クロスから田中が先制。後半に直接FKから同点に追い付かれたものの、41分に途中出場の浅野が放ったシュートが相手のオウンゴールを呼び込み、2-1で競り勝った。
◆11月11日ベトナム戦 日本が1点で逃げ切った。ピッチの状態が悪く、ボールコントロールに苦しんだが、前半17分に先制。大迫のポストプレーから左サイドを抜け出した南野のクロスを伊東が左足で押し込んだ。その後、単独突破した伊東が決めたシュートはVARでオフサイドの判定。後半も追加点を奪うことができなかったが、相手のセットプレーやカウンターを封じて無失点で勝った。
◆11月16日オマーン戦 日本は途中出場で代表デビューした三笘の投入と同時に攻勢を強めた。前半は慎重に進め、中央を固める相手の守備を崩せなかったが、後半開始から三笘が再三、左サイドをドリブル突破。後半36分に三笘の左からの折り返しを伊東が左足で合わせて決勝点を挙げた。守備は90分通して安定。オマーンに好機をつくらせず、3連勝でW杯自動出場圏の2位に浮上した。