ワールドカップ(W杯)カタール大会(11月20日開幕)に臨む日本代表メンバー26人は11月1日、都内で森保一監督(54)から発表される。過去のW杯では、選手選考でもさまざまなドラマがあった。過去のW杯メンバー選考の舞台裏を追った。

「外れるのはカズ、三浦カズ」。1998年(平10)6月2日、サッカー日本代表の岡田武史監督は、合宿先のスイス・ニヨンでFWカズ(三浦知良)のW杯日本代表からの落選を発表した。

初出場するW杯フランス大会開幕8日前で、本大会に備えていよいよ現地に入る直前のタイミング。長きにわたりチームをけん引してきた日本のエースへの非情な通告に、日本中に衝撃が走り、賛否が渦巻いた。

フランス大会の最終登録メンバーは22人だったが、GK3人を登録する方針だったため、22人では直前合宿で紅白戦ができなくなる。そこで岡田監督は5月7日にまず25人を発表して直前合宿地ニヨンに連れて行き、大会期間中のベースキャンプ地エクスレバンに入る直前に、3人をメンバーから除外する2段階選考にした。

カズは自分が外れることは「想像していなかった」と後に、振り返っている。 前日1日のスイス3部スタッド・ニヨンとの練習試合では、ハットトリックを決めていた。しかし、2日午前11時過ぎに部屋を訪問した岡田監督の顔を見て、状況を察したという。

「残念だが外れてもらう」という通告に、大きなショックを受けたカズは、すぐに荷物をまとめて、同じく落選したMF北沢豪とともにチームを離れ、イタリアへ向かった。

当初は外れた3人もW杯期間中はチームに同行させる予定だったが、想像以上にカズの落胆が大きかったため、岡田監督は「チームに置いておける状態ではない。チームにマイナスに作用する」と判断して、カズと北沢を帰国させることに決めた。まだ18歳だったMF市川大祐だけが、チームに残った。

『カズ落選』のニュースは、日本国内ではセンセーショナルに伝えられたが、W杯アジア予選から日本代表チームを取材していた私たち担当記者にとっては、想定外というほどの驚きはなかった。

W杯アジア最終予選では初戦のウズベキスタン戦(ホーム)で4ゴールと気を吐いたものの、その後はノーゴール。30歳を超えて、両ひざと、右アキレス腱(けん)に痛みを抱えてもいた。

W杯開幕直前の同5月のキリン杯2試合と、落選2日前にスイス・ローザンヌで行われたメキシコ戦では出番なし。岡田監督が思い描くW杯の主要メンバーから外れていることは、明白だった。

確かにW杯アジア最終予選では精彩を欠いた。FWは22歳の城彰二が台頭して、W杯前年にブラジル出身のストライカー、呂比須ワグナーも日本国籍を取得。21歳のMF中田英寿がチームの軸になっていた。世代交代の時期にはさしかかっていた。

しかし、カズが落選した最大の理由は、初のW杯に臨む岡田ジャパンの試合戦略にあった。

1次リーグ初戦でW杯2度優勝を誇る世界的FWバティストゥータ擁するアルゼンチン、第2戦もFWスーケルらワールドクラスの攻撃力を誇るクロアチアと対戦する。

ディフェンス陣だけで、彼らの攻撃を止め切るのは至難。前線の選手たちも走り回って、攻撃へ展開するパスの補給路からつぶすしかない。つまりW杯は全員守備の『格下の戦い』に徹する必要があった。

第3戦のジャマイカ戦に決勝トーナメント進出への望みをつなぐには、開幕2試合でどうしても勝ち点を奪わなければならない。

岡田監督がカズの落選の理由について「城をFWの軸に考えている」と語ったのは、若さと運動量を最優先に考えたからだった。

控え組のFW岡野雅行には快足、MF平野孝には左足の強烈なシュートという局面を変える飛び道具がある。中田英の代わりを考えた場合、非凡なパスセンスを持つ18歳のMF小野伸二も外せない。

「あらゆるシミュレーションをしたけど、カズを起用する機会はほとんどなかった」と、当時の岡田監督は語っていた。

真剣勝負のW杯で、世界的な強豪国を相手に、Jリーガーしかいない初出場の日本が勝ち点をつかむためには、どうやって戦えばいいか。その戦略をとことん突き詰めた結果が『カズ落選』という結論だった。

 

実は『カズ落選』の話には続きがある。

イタリアで北沢とともに傷心を癒やしたカズは、落選発表の3日後、金髪に染めて帰国した。

成田空港での会見で「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」と語った。愚痴や不満は一切口にしなかった。そして、会見後、彼は当時所属していたヴェルディ川崎のグラウンドに直行して、練習を再開したのだ。

後に「落ち込んでいるひまはないと思った」と当時の心境を語っている。どんな試練にも歩みを止めず、不運を人のせいにせず、自分に何が足りなかったのかだけを考えて前を向く。そんな男である。

だからカズは今もピッチに立っているのだと思う。【首藤正徳】