川崎フロンターレは9日、今月末をもって、庄子春男エグゼクティブアドバイザー(65)が退任すると発表した。今後は未定だという。同氏はクラブの前身・富士通サッカー部の選手として活躍。川崎F発足当時には運営、広報の仕事もこなした。

その後はチーム管理部長、強化部長、強化本部長を歴任。21年から現職に就いていた。宮城・仙台出身。「東北人」らしく、優しさに満ちあふれた人だった。

「選手を切るってのは、あれは本当につらいことだよ。だって、一緒に頑張ってきたのにさ…。本当に嫌な仕事だったね」と言った横顔は忘れられない。

クラブの成績不振時には、インターネットの掲示板で誹謗中傷を受けた。過去には「富士通フロンティアですか?」「川崎フロンティアだったけ?」と、チーム名を間違えられることもあった。つらいこと、悔しいこと、どんな事があっても、常に思い続けてきたのはクラブの未来。「フロンターレは強くならないといけない」。“ブレずに”屋台骨で支えてきた。

クラブを通じて、コメントを発表した。全文は以下の通り。

「このたび契約満了により3月末をもって退社することになりました。川崎フロンターレと私は、1995年年末より富士通サッカー部のプロ化に向けスタートしてから、川崎をホームタウンとするプロクラブとして地域密着を推進しながら28年目を迎えました。ここまでフロンターレが成長できたことは地域の方々をはじめ、ファン、サポーター、パートナーなどクラブに関わる全ての皆さんのお力添えがあってのことだと感じております。心より感謝申し上げます。

在任中、皆さまと同様に、うれしいこと辛いこと悲しいこと、さまざまな出来事がありました。その中で強く印象に残っている出来事を紹介します。10年ぐらい前のことです。チームが不調で苦しんでいる時にどうチームにアプローチしていけばよいか悩んだ時期がありました。そんな時、心配して麻生グラウンドに来てくれたファンの方から『ブレずに頑張って下さい』と声をかけていただきました。この言葉は私の中で非常に大きな転機となりました。『ブレない』という一言の言葉。私の思いや考えが固まったことを鮮明に覚えております。たった一言の言葉かもしれませんが私にとって、クラブにとっても目が覚めるような言葉で決して忘れられない出来事でした。改めていろいろな方々の支えがあってクラブが成長してきたこと、そして私自身も勤め上げることが出来たと改めて感じております。本当に感謝しております。

川崎フロンターレはまだまだ成長過程のクラブだと思います。ホームタウンの川崎市を中心に、これからも地域の皆さん、応援していただくファン・サポーターの皆さん、パートナーの皆さんと共に成長してくれると信じています。チームは生きものです。良い時もあれば良くない時もあります。時には皆さんに我慢していただくような事もあるかと思いますが、どんな状況でもチームを信じて一緒に戦って下さい。フロンターレは『ブレずに』戦い続けていくはずです。これからもフロンターレのさらなる成長に向けてお力添えのほどよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。庄子春男」