64年10月23日、東京五輪女子バレーボール決勝でソ連を破り金メダルを獲得した「東洋の魔女」
64年10月23日、東京五輪女子バレーボール決勝でソ連を破り金メダルを獲得した「東洋の魔女」

1964年の東京オリンピック(五輪)は成功体験として多くの日本人の記憶に刻まれている。視聴率66・8%を記録した女子バレーボールの“東洋の魔女”の金メダルをはじめ、日本選手の活躍に列島は熱狂に包まれた。一方、新設された日本武道館や国立代々木競技場、開幕直前に開通した新幹線や首都高速道路、東京モノレールも、選手の感動シーンとセットで語り継がれてきた。

しかし、自国開催の産物は、それだけはなかった。大会後、民間のスイミングクラブや体操教室が全国各地に誕生した。東洋の魔女の人気は、学校のPTAを通じて日本中に『ママさんバレーボールチーム』を発足させ、サッカーをはじめ多くの競技で『日本リーグ』が創設された。五輪開催が国民をスポーツに引き込んだのだ。

波及効果はスポーツの外にも広がった。『アタックNO.1』や『サインはV』など人気スポーツ漫画が次々と生まれ、若者を中心に競技人口が拡大した。余談になるが、体操の大技でアナウンサーが連呼して流行語になった『ウルトラC』は、後に特撮テレビドラマ『ウルトラQ』のタイトルに転用された。今も続く人気シリーズ『ウルトラマン』の起源である。

日本オリンピック委員会の山下泰裕会長は小1の時に東京五輪をテレビで見て「自分もいつかメインポールに日の丸をと思った」という。その後、柔道を始めて一時代を築いた。橋本聖子五輪担当大臣は開幕5日前に生まれた。国立競技場で開会式を観戦して聖火に感動した父善吉さんに『聖子』と名付けられ、五輪選手の夢を託された。スポーツ庁の鈴木大地長官は民間スイミングクラブ出身の初の金メダリスト。自国開催の五輪には計り知れない影響があるのだ。

3人は今、日本スポーツ界のかじ取り役。来年に延期された2度目の東京五輪開催へ試行錯誤を続けている。7月20日に公表された共同通信の世論調査では『開催すべきだ』はわずか23・9%。感染の収束が見えない今、仕方のないことだが「感染対策を優先すべき」「追加経費の負担が大きい」という声に対して「自国開催の価値」を訴えるスポーツ界からの声が小さいのが気になる。

80年モスクワ五輪を日本はボイコットした。不参加決定の前月、危機感を抱いた各競技団体のコーチたちが会議を開き、参加を訴える要望書を日本オリンピック委員会に提出することを決議した。その要望書には五輪の目的や文化としての価値、選手たちの思いが切々と語られ、今読み返しても胸に響く。

40年前の訴えは届かなかったが、五輪の危機に競技の垣根を越えて議論し、考え、スポーツ人の総意として「なぜ参加するべきなのか」を発信した意義は大きい。当時とは時代も社会情勢も違う。向き合う相手も異なる。しかし、五輪の価値、スポーツの力は今も昔も変わりはないはずだ。コロナ禍という難局で、簡素化、感染対策という難題を抱えながらも、形を変えてでも開催すべきなのはなぜか。スポーツ界から、もっと大きな声を上げてほしい。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

左からJOC山下泰裕会長、橋本聖子五輪相、スポーツ庁鈴木大地長官(2019年9月12日)
左からJOC山下泰裕会長、橋本聖子五輪相、スポーツ庁鈴木大地長官(2019年9月12日)