久しぶりに目にする浅田真央さん(27)の滑る姿は、本当に美しかった。5月2日、彼女が初めてプロデュースしたアイスショー「浅田真央サンクスツアー」の公開リハーサルが新潟市で行われた。午後6時すぎ、翌日の開幕に向け設営されたばかりの会場に足を入れると薄暗い照明の中で、真央さん、姉の舞さんらメンバー全員がまだ細かな振り付けを確認していた。私たち報道陣が座らせてもらったのは、パイプイスが並べられた最前席。手の届きそうな距離で、カメラを構えながらショーを眺めた。

「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

 ゴスペルの曲が流れ、黒いマントをかぶり顔を隠した1人のスケーターが登場する。マントの下からのぞく脚と、その滑らかな動きでそれが真央さんだと分かり、それだけでこれからどんなショーが始まるのかドキドキした。しばらくして、フードを取った真央さんの顔にぱっと白い照明があたる。前をにらむ挑戦的な目、そして笑顔。ころころと変わる表情に思わず目がいった。マントを脱ぎ、銀色の衣装になると今度は出てきたメンバーらと顔を見合わせながら、楽しそうにダンスする。そのわずか5分程度のオープニングだけで、彼女がいかに楽しんでいるかが伝わってきた。その後に続く、「踊るリッツの夜」や「すてきなあなた」など現役時のプログラムではアレンジを加えた振り付けを披露。男性スケーター数人とあやしく絡みながら誘惑する動きには、こんなの見たことあっただろうか…と驚かされた。そこには、今までとは何かが違う、新しい浅田真央さんがいた。

「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

 30分の公開リハーサル後に取材に応じた真央さんは「形になって良かったなと思いました」と涙をこぼした。このショーは、それだけ真央さんにとって大きな意味をもつ、新たな挑戦だった。昨年8月、集大成として臨んだ名古屋、大阪でのアイスショー「ザ・アイス」を終えると、真央さんの心にぽっかり穴があいた。現役時代に抱えてきた「重いものが、自分の体の中から抜けた」と解放感を感じる一方で、次にどこに向かえばいいか分からない。スケート靴を捨てるかどうか、何度も迷った。

 そんな中、ファンの声が新たな道のヒントを与えてくれた。「(ザ・アイスで)感謝を伝えられればいいかなと思ったんですけど、『もっと真央の滑りをみたい』『見られていないよ』という方が多くて、2回だけのショーで終えてしまうのは、まだみなさんに感謝の気持ちを伝えきれてないんじゃないかなと思って」。思いついたのは、自分が地方へ出向き、なかなかフィギュアスケートを生で見られない人たちの前で滑ること。さらに、価格を抑えて手軽に見られるよう、限られたメンバーでやることだった。

 もっと、多くの人に感謝を伝えに行く。その目標を立ててからの真央さんの行動は早かった。昨年10月に姉舞さんにこのアイデアを明かすとともに準備を開始。まず、一緒に滑るメンバーを公募した。ある程度の技術を要するフィギュアスケート6級以上を条件としたが(上は8級まで。シニア大会出場は7級から)、年齢、経験は問わず。ビデオ審査だけでなく、1月に真央さん自らの目で滑る姿をチェックし、18歳から29歳まで男性3人、女性4人計7人を採用した。そこから約3カ月半、2人の子を持つママスケーターや、日本に住むモンゴル人女性、真央さんの影響でスケートと日本語を学んできたというスペイン人男性など多種多様なメンバーとともに、ゼロからショーを作り上げてきた。

「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん
「浅田真央サンクスツアー」新潟公演開幕前日にリハーサルを公開した浅田真央さん

 従来のショーは、トップスケーターらがそれぞれのショーナンバーや、新しい競技プログラムを持ちよって滑る形が多い。高級菓子を少しずつつまむような“詰め合わせ”のショーも楽しいものだが、この「サンクスツアー」はまったく違う魅力を持つ。真央さん自身も「今までやったことがない。新しいもの」と話すように、“浅田真央”という軸に沿って、じっくりと作り上げた、1つの舞台に近いものと言えるのではないだろうか。関係者は「おこがましいからと、本人はそう呼ぶのを嫌がるのですが、イメージとしては『真央カンパニー』なんです」と明かす。演目は、過去に真央さんが使用した曲が中心。それにお客さんがより楽しんでもらえるよう1つずつアレンジを加えている。競演する無良崇人さんは座長としての真央さんを「率先して、全部アイデアを出してくれて、やりやすかった」、姉舞さんは「頼れるリーダーです」とそれぞれたたえた。

 何より座長として彼女自身が滑りを磨いてきた。「最初は本当に体力も(なく)、体も現役の時より大幅にオーバーしていたので、そこから長い時間練習を積んで…。久しぶりに選手生活のような練習をしました」。スケートに新たな楽しみを見つけた真央さんは、もう靴を捨てようとはしないだろう。

 このショーは、5月から11月にかけて新潟、長野、北海道、茨城、埼玉、山梨、福島、神奈川、福岡、広島の順で10カ所をまわる予定だが、真央さんは「来年も続ける予定です」とさらに多くの場所へ行くプランを明かした。日程調整、自治体の協力などショーの開催にはさまざまな困難が伴うが、大きな力となるのが「見たい」というファンの声だ。「私の街に来てください」と声をあげれば、あなたの街にも真央さんが来るかもしれません。【高場泉穂】

 ◆高場泉穂(たかば・みずほ)1983年(昭58)6月8日、福島県生まれ。東京芸術大を卒業後、08年入社。整理部、東北総局を経て、15年11月から五輪競技を担当。