会場に姿を見せた彼女の顔は、晴れやかだった。涙はなかった。6日、大阪・八尾市内で開かれた柔道女子78キロ超級で16年リオ五輪銅メダルの山部佳苗選手(30)の引退会見を取材した。11月1日付で記者になった私にとって、初めて1人で出向いた取材現場だった。

現役生活は、悩むことの方が多かったという。特に辛かったことは「自分の弱さを受け入れること」。印象的なのは16年のグランドスラム・パリ大会。薪谷翠コーチ(40)は、精神的にまだ未熟だった山部を「多分負けるだろうな」と送り出した。予想は当たり1回戦敗退。これを機に、客観的に何が足りないかを考え、徹底的に自分と向き合うようになった。

その頃、取り組んだのが読書だった。宮本武蔵の兵法書である「五輪書」を読み、心構えを学んだ。

「試合において、闘志だけが先走ってもいけない。体の状態がよくても、心がだめなら勝てない」

課題だった精神的な弱さを克服した。

それから数カ月後にあった全日本選手権では「負ければ柔道人生が終わる」と自身を鼓舞。優勝を飾り、現役1番の思い出になった。リオ五輪の銅メダルは、精神的にも充実した時期に得たものだった。

五輪メダリストでさえ、自分の弱さに目を向け、努力を続けている。私は大学まで剣道をしていたが、苦しさから逃げた時期もあった。そんな山部選手の現役時代の足跡を、感じることができた引退会見だった。

「山部が頑張ったから、(一緒に)貴重な経験ができ、幸せな時間だった。今までありがとう」

そう声をかけたのが薪谷コーチ。「精神的にもろくて、わがままな選手だった」。そんな言葉にも、心からの愛情を感じた。【佐藤あすみ】

◆佐藤あすみ 1996年(平8年)6月19日、愛媛県久万高原町生まれ。6歳から剣道を始める。広島大では中四国団体優勝、全日本出場。剣道四段。19年4月に日刊スポーツ入社。整理部を経て、11月から報道部で一般スポーツ担当。

八尾市内のミキハウス本社で引退会見を行い、笑顔を見せる山部(中央)。左は野村忠宏GM、右は薪谷翠コーチ(撮影・佐藤あすみ)
八尾市内のミキハウス本社で引退会見を行い、笑顔を見せる山部(中央)。左は野村忠宏GM、右は薪谷翠コーチ(撮影・佐藤あすみ)