五輪5連覇をかけた伊調馨(35=ALSOK)の自力での東京五輪出場が消滅した。

女子57キロ級でリオデジャネイロ五輪金メダルの川井梨紗子(24)に3-3となったが内容差で競り負けた。川井が世界選手権(9月、カザフスタン)でメダルを獲得すれば東京五輪代表に決まる。5度目の夢舞台が遠のいたが、長期休養後に復帰してからのこの1年間の日々を「誇り」と表現。悔いなき挑戦が1つの区切りを迎えた。

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りりしかった。伊調はひたすらにりりしかった。「悔しさはありますが、悔いはないです」。目は潤んでいたが、むしろ表情は晴れやかな、印象的なギャップ。短い表現に歩んできた日々の困難も充実も含ませ、1つの戦いを終えた。

「自分にしか挑戦できなかったと言われるとうれしいですし、誇りに思いますし、そこに悔いなく挑戦できたので、自分はすがすがしい気持ちだなと」。

昨夏に2年ぶりの復帰を決め、四季を駆けた。川井との激闘の最終戦は惜敗も、終了後に膝をつく時間は1秒。すぐに顔を上げた。

試合前、痛み止めを飲んだ。普段の練習で飲むと、無痛に体を動かしすぎて故障する。この一発勝負のためにリミッターを外し、きしむ四肢にムチを入れた。第1ピリオド、川井から2度の片足タックルを受けたが、受け止めた。驚異のバランス力は五輪4連覇の往年の姿をほうふつとさせた。ただ、そこで得点できないのは過去との差。第2ピリオドではタックルをかわして川井の右足を確保しながら、逆に倒されて失点。これが致命傷になった。

戦い終えて、「自分が弱かったとは思わない。梨紗子が強かった」と胸を張った。この1年の挑戦に自負がある。国内ではまれな30代中盤での現役。女子選手は出産などを機に20代で引退が既定路線で、その現状を壊したかった。競技人口拡大にもつなげたい挑戦は、五輪5連覇という個人の目標より大きな意欲だった。練習拠点の日体大では熱心に後輩にも指導した。女子選手随一の技術力を伝える役割にも自覚的だった。

復帰後は少しの負荷でケガする連続で、充実した練習が積めない「難しい」毎日。この直前も小まめに水素吸入器を使い、疲労回復に努めた。ただ常に前向きだったのは、見据える地平が個人を超越していたからだろう。「自分がそこからでしか得られなかったことがあり、経験としてすごく充実した1年だった」。伝えられることは増えた。

当面は川井の結果を待つ。62キロ級で五輪出場のチャンスがあった場合も、「ないかな」と否定し、「(五輪5連覇は)なかなか手の届かない、並大抵のものではない」とした。ただ、「レスリングに携わっていきたいなという思いは変わらない」とぶれはない。伊調にしか体験できなかった世界がある。それを伝え、競技に貢献したい。

試合から1時間後、仲間の子供と一緒に会場を後にした。試合で膝を痛めた右足を引きずり、ただやはり、その顔は下を向くことはなかった。【阿部健吾】