日本代表歴代最多98キャップを誇るラグビー界の鉄人、ロック大野均(42=東芝)が18日、所属先を通じ、現役引退を発表した。

日大工学部1年から競技を始めた異色の経歴の持ち主で、雑草魂で日本代表まで上り詰めた。ワールドカップ(W杯)は07年から3大会連続出場し、15年大会では強豪南アフリカ代表を破る金星に貢献した。数々の伝説を持つ42歳のレジェンドは22日に、オンライン形式で記者会見を開く。

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現役最年長のラグビー界の鉄人が、競技人生に終止符を打った。代表歴代最多98キャップや最年長記録など多くの記録を残してきたが、決してエリート街道を歩んできたわけではない。努力を重ねて自身のラグビー人生を開拓した。

異色の経歴だ。夢はプロ野球選手-。幼少時代から巨人ファンで、福島・清陵情報高では野球部に所属。変化球打ちが苦手で左翼の補欠だった。日大工学部に進学後、野球部に入部するはずが、ラグビー部の先輩に熱烈勧誘された。「断るのも失礼」。こう思って、仕方なく練習を見学した。「タックルなど非日常的なプレーが褒めてもらえる」。野球以上の評価をされ、一気にのめり込んだ。東北地区大学リーグ2部であったが、192センチの恵まれた体格と、愚直なタックルやボール争奪戦の体を張る泥臭いプレーで東芝のトライアウトに合格。難しいルールが分からない「ほぼ素人」で、社員選手として入社した。強豪でもまれ、どんな苦難も気合と根性で乗り越えて才能は開花した。

04年5月の韓国戦で代表初キャップを獲得。闘志あふれるプレーでチームをけん引し、豊富な運動量で07年W杯のフィジー戦後には体重が7キロ落ちた。「ベストメモリー」とする15年W杯では、優勝候補の南アフリカを破る金星に貢献。ラグビー界屈指の酒豪としても知られ、厳格なエディー・ジョーンズ前HCから「均(キン)ちゃんは酒がガソリン」として、合宿中の飲酒を唯一許された。

代表としては、16年6月のスコットランド戦が最後。38歳で出場して、ふらふらになりながらタックルに走った。座右の銘である「灰になってもまだ燃える」を体現し、その姿は当時代表を離れていたリーチを復帰させる要因になった。19年W杯代表には選出されなかったが、準々決勝の南アフリカ戦前夜に興奮を抑えきれず、宿舎へ“極秘潜入”した。大好きなワイン1本片手に、トンプソンやリーチらに会って激励の言葉を直接伝えた。

ラグビー愛に満ちた19年間が終わり、22日の記者会見で、自らの口で今後について語る予定だ。42歳の鉄人の第2の人生が幕を開ける。【峯岸佑樹】

◆大野均(おおの・ひとし)1978年(昭53)5月6日、福島県郡山市生まれ。福島・清陵情報高までは野球部で外野手。日大工学部に入学後、先輩から熱烈勧誘されてラグビーを始める。01年に東芝に加入し、日本選手権3度制覇、TL優勝5回などに貢献。リーグ戦出場数は通算170試合。日本代表は04年5月の韓国戦で初キャップを獲得。07年W杯から3大会連続出場し、日本代表歴代最多の98キャップを誇る。16年にはスーパーラグビー(SR)の日本チーム、サンウルブズでもプレー。座右の銘は「灰になってもまだ燃える」。尊敬する人は元東芝主将の釜沢晋氏。趣味は酒を飲むこと。好きな食べ物はケンタッキーフライドチキン。愛称は均(キン)ちゃん。192センチ、105キロ。血液型O。