決勝は大坂有利-。

テニスの4大大会、全米オープン女子シングル決勝は、世界9位の大坂なおみ(22=日清食品)と元世界女王で、同27位のビクトリア・アザレンカ(31=ベラルーシ)との対決となった。その大坂のコーチのフィセッテ氏は、決勝の相手アザレンカの元コーチでもある。両者を知るキーマンがすべてを語った。

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今年から就任した大坂のヴィム・フィセッテ新コーチ(40)。実は、アザレンカの元コーチだった。15年に就任し、その当時、12年に1位になったアザレンカの世界ランクは50位前後に転落していた。

それを16年3月にはトップ5まで戻したのがフィセッテ氏の手腕だった。15年ウィンブルドンから4大大会3大会連続で8強に導いた。しかし、16年の全仏後、アザレンカは恋人との妊娠を発表。そのため、フィセッテ氏とのコーチ関係は消滅した。

つまり今回の女子決勝は、フィセッテ氏の同門対決となる。そのフィテッセ氏が、決勝を翌日に控えた11日(日本時間12日)、オンライン会見で決勝や大坂について、すべてを語った。

過去にアザレンカのコーチだったことが有利に働くと、フィセッテ氏は認めた。

「相手のことをよく知っているのは、有利に働くのは間違いない。どちらにしても、相手のことをビデオや統計から調べ上げるのが私の役目だ」

フィセッテ氏は、大別すると、選手は2つの違ったタイプに分けられるという。合理的で、理性的な選手と、直感的で感覚的な選手の2タイプだ。

「ビカ(アザレンカの愛称)は典型的な理性的なタイプ。ナオミは、大事な場面で、非常に直感が働く異なったタイプだ。試合前に、選手にゲームプランを与えるが、ビカは、その部分が大きい。ナオミは、それは基礎にしか過ぎなく、私は、ナオミの直感を信じている」

直感的、感覚的というと、何も考えずに、その場の感覚だけでプレーしているように誤解する。しかし、フィセッテ氏は、大坂の場合、それは大きく違うという。

「試合前にナオミには、とても重要な3つのキーポイントを与える。しかし、その3つについて、あまり詳しくは話さない。そこは、彼女の感覚が大事だからだ。ナオミは、テニスという戦術をきちんと理解している。ただ、コンピューターをプログラムするのとは違うということだ」

フィセッテ氏は、女子ツアーを統括するWTA(女子テニス協会)が契約する欧州最大手のソフトウエア会社、SAPのアドバイザーも務める。統計を駆使し、「数字の魔術師」の異名を取る。その彼が与える情報量は、決勝で戦う2人では大きく異なった。

「ナオミに与えるのは、ビカに与えていた情報量の約30~40%だと思う。簡単に言えば、対戦相手がどんな選手かよく分かるものを、少しだけ与えるイメージだ。ナオミは十分に大きな武器を持つ選手だ。だから、キーポイントを3つ与えれば十分」

全米前哨戦から2大会。大坂は見違えるように、自分の心をコントロールしている。昨年のウィンブルドン1回戦で敗退し、会見で取り乱して途中退席した。今年の2月には、日本代表としてスペインと対戦。全くプレーに覇気がなく、終盤にはコート上で泣きだした。その時と比べれば、まるで別人のようだ。それも、フィセッテ氏の貢献度が高い。

「ナオミが感情をコントロールできなかったのは、2つの理由がある。1つは、彼女はあまりにも早く成功した。この先、3つ目、4つ目の4大大会優勝や、すべての試合に勝とうと思ったはずだ。それが、まず間違い。あまりにも期待が高すぎる。2つ目は、ものの考え方だ。どのように試合に入っていけばいいか。もちろん勝ちたい。しかし、それを考えては、すべてが悪くなる。まず自分に集中し、それがゲームプランを組み立て、いいエネルギーを生み出す。パズルのようなものだが、それがかみ合ったとき、勝利につながる」

今大会、顕著な技術的な特徴は、凡ミスの少なさだ。過去2度の優勝した4大大会の時と比較しても、決勝までの道のりで、1ゲーム平均で最少だ。18年全米では1ゲーム平均1・06本、19年全豪は1・29本。今回は0・92本で、1ゲームに1本も凡ミスを犯していない。その秘密も、フィセッテ氏は明かした。まずはフットワークだという。

「ナオミはポイントを決めたがる選手だ。でも、この2年間で、彼女が犯した凡ミスは、決めようとした選択が間違っていたとは思えない。ちょっとした技術的なものがうまくいかずに起こったことだ。まず、凡ミスを減らすのに最も大事なのは、フットワークだ。すべてはフットワークから始まる。そのトレーニングをユタカ(中村豊トレーナー)に頼んだ。ともに練習した10週間、徹底的にトレーニングした。安定して、打つ球の後方から、強く踏み出せるように改良した」

フットワーク以外にも、技術的な問題として、スイングスピードや方法にも、改良点を見いだした。

「ナオミが試合中に集中できるような小さな改良を加えた。もう少し球に回転をかけること、ラケットのヘッドスピードを少し上げること。加速させれば、もう少しコントロールできるようになる」

フィセッテ氏の理路整然としたプランと、大坂の闘争本能や感覚的なものが融合し、大坂自身が例える、ものすごい「ケミストリー(化学反応)」が起こっている。それが今回、大坂の躍進を支える真実だ。

注目の大一番、両者の対戦成績は大坂の2勝1敗。日本時間13日午前5時以降の試合開始となる。

【吉松忠弘】

◆ウィム・フィセッテ(Wim Fissette)1980年3月22日、ベルギー・シントトロイデン生まれ。16歳以下のベルギー代表に選出されたが、プロ転向後は最高位が1291位。コーチ転向後は、クライシュテルス、ハレプ、ケルバーら女子有名選手を指導。4大大会計4度の優勝、2度の準優勝に導いた。欧州最大手ソフトウエア会社SAPのアドバイザーも務め、統計を駆使した戦術が有名。

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◆全米オープンテニスは、8月31日から、WOWOWで連日独占生中継。また、WOWOWメンバーズオンデマンドでも配信予定。