大声を出しての応援ができない聖地が、ひときわ大きな拍手に包まれた。

0-64と苦しい展開が続いていた後半10分。清水建設CTB高忠伸(こう・ただのぶ、40)は左サイドを突破し、チーム初トライを挙げた。173センチ、82キロ。決して大柄とは言えない男は、試合を終えるとチームの思いを代弁した。

「感想は何も…。恥ずかしいというか…。せっかく観客の皆さんが見に来てくれる機会だったのに、こういうステージで、こういうマインドの試合をしてしまって、申し訳ない気持ちがあります」

1980年(昭55)9月13日。プロ野球・西武の松坂大輔投手(40)と同じ日に生まれた。大阪で育ち、桐蔭学園高(神奈川)から帝京大へ進学。卒業後は日本IBMに入団し、09年から花園を本拠地とする近鉄で長く主力を張った。17年に加入した清水建設。当初は練習場所も固定されておらず、今もプロ選手は数えるほどだ。日本最高峰トップリーグとの違いに戸惑いも多かった。現在は選手とBKコーチを兼務する。

年々増える年下の選手。後輩に真正面から向き合い、ラグビーに取り組む背中を見せてきた。今も近鉄には高に感謝する選手が多くいる。この日、清水建設の次に近鉄-コカ・コーラが組まれていた。大きな拍手には、今も変わらない古巣ファンの愛情がこもった。

オンラインでの記者会見。開口一番、厳しい言葉を発した高はさらに続けた。

「発展途上のチームなので、それを考えると通らなければいけない道でもあるのかな。糧にしていきたいと思います。別の感情としては思い入れのある地で、お客さんの前でラグビーができた。先が短いラグビー人生の中で、すごくいい1日になったのかなと思います」

試合48時間前のメンバー発表では、控えの背番号23だった。大黒柱といえるCTBルーク・マカリスター(37)のコンディション不良で、急きょ巡ってきた先発。首脳陣は「100%のコンディションの選手でチャレンジしたいと思った」とし、高を抜てきした。その理由が、日々の準備を物語っていた。【松本航】