大菅小百合(標津町出身)は、冬夏冬3季連続でのオリンピック(五輪)出場を果たした。02年冬季ソルトレークシティー大会スピードスケート女子500メートル出場後、トレーニングで行っていた自転車でも力を発揮。03年世界選手権B(スイス)の女子500メートルタイムトライアルで優勝し、日本の五輪出場枠を獲得した。04年アテネ五輪は10位に終わったが、35秒045の日本新をマークし「力は出し切った」と笑顔で話した。

02年ソルトレークシティー大会スピードスケート500メートルでは、2回目のスタート直後に手を突き、12位に終わった。アテネ大会自転車代表内定後の04年2月には、選考方法を不服とした1人の選手から、日本スポーツ仲裁機構に自身の五輪代表取り消しを求められた。冬の屈辱、アテネ前の騒動もあり「結果を出さないと」と臨み、本格的に競技を始めわずか2年で、存在感を示した。

夏冬両五輪出場者は大菅含め女子3人、男子1人の計4人いるが、02年ソルトレークシティー、04年アテネ、06年トリノと3大会連続出場の大菅以降、果たせた選手はいない。07年世界距離別選手権で出したスピードスケート女子500メートルの自己ベスト37秒51は、09年に小平奈緒に更新されるまで日本記録だった。