18年平昌五輪金メダルの小平奈緒(36=相沢病院)が現役ラストレースを地元長野で迎え、有終のVを飾った。
37秒49の一流タイムで、北京五輪銀の高木美帆(28=日体大職)を抑え優勝。98年長野五輪以来という満員の会場で「メダル以上に価値ある、心が震える瞬間」に感謝した。今後もリンク内外を「知るを楽しむ」の精神で活躍する。
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目からこぼれるものに「うれし涙で良かった」と小平は喜んだ。自身の滑りに合わせ、エムウェーブの観衆が拍手の波を起こす。最後のカーブを回り、視界が開けた瞬間に思った。「自由だ」。ストレートに集大成を込めると、まだ世界と戦える37秒49が出た。四半世紀ぶり満員の6085人で埋まった聖地が沸く。「五輪でメダルを取った時より世界記録に挑戦した時より、ずっと価値があった」とV締めに声を震わせた。
2歳の冬にスケート靴を履き、同じ会場の長野五輪を11歳でテレビ観戦した。「人生で初めて鳥肌が立った長野五輪を超え、心が震えて(心臓が)飛び出しそうだった」。4月に引退表明した後の半年間、この1本に懸けてきた。シーズン初戦に照準を合わせるという異例の試みは34年間の競技人生で初。それでも「最後に氷と親友になれた」と至高の花道にまた涙した。
足元には、祖父から18年前に買ってもらい、修理を重ねながら今も履く靴があった。苦楽を知る相棒に包まれた右足首は、北京五輪時に靱帯(じんたい)が2本とも切れていた。結城コーチが驚く「奇跡」の復活から、世界一と称されたコーナリング復元。「自分の生まれ持った体での完成形は見せられた」。全てが37秒超の時に凝縮された。
4年前の平昌五輪で日本女子初の金メダルを獲得。いまだ500メートルの日本記録36秒47を持ち、この日も北京五輪2位の高木を0秒69上回った。「まだまだやれると思います」。衰えは感じないが「もう決心したこと。リンク外も見てみたい」と夢に突き動かされた。
「歩みを止めたら終わってしまう」。競技生活に点数はつけなかった。「人生に満点は、限界はないから」と。氷上の詩人は「これからも『知るを楽しむ』をベースに模索していきたい」とリスタートを強調。「シーズンはじめに退くことで、子供たちと氷がある季節に滑って還元できる」と来週には再び氷に乗る。普及の先に「境のない居場所をつくりたい」。小平だけの求道は続く。【木下淳】
◆小平奈緒(こだいら・なお)1986年(昭61)5月26日、長野県茅野市生まれ。2歳で姉に付いていき、その日に氷で滑る。伊那西高から信州大。06年にW杯初参戦。大卒後の09年から相沢病院に所属。五輪は10年バンクーバー大会の女子団体追い抜きで銀、平昌五輪は1000メートルでも銀メダルを獲得した。17年に1000メートルで日本女子初の世界記録を樹立。500メートルは16年から37連勝。W杯34勝は清水宏保と並ぶ日本最多タイ。家族は両親と姉2人。165センチ。血液型A。


