明大(関東対抗戦1位)が7大会ぶり14度目の大学日本一に輝いた。6大会ぶり優勝を狙う早大(同3位)との「早明決戦」で22-10で勝利。96年度以来29年ぶりに関東対抗戦と全国選手権の2つを制覇した。両大会で早大に勝利するのも29年ぶり2度目。ミーティングで結束を強め、夏に発生した20歳未満部員の飲酒事件からの低迷を乗り越えた。95、96年に選手として連覇を経験した就任5季目の神鳥裕之監督(51)は、3度目の挑戦で初優勝を飾った。

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選手での大学日本一から29年。神鳥“監督”が初優勝を飾った。黒の優勝記念Tシャツを着て、選手に胴上げされた。人生初経験に「怖かった。気持ちよかった」と顔をほころばせた。 恩師が12回経験した頂点にたどり着いた。早大を圧倒した礎は、明大の代名詞「前へ」の精神。67年間監督を務めた北島忠治氏が説いた言葉が根付き、部は前へ前へと進んだ。その名将が亡くなった96年、最上級生として在籍。棺(ひつぎ)を手に坂を上り、本拠の八幡山グラウンドに最後に連れて行く役割を担った。部の大きな転換点に立ち会い、思いを受け継いだ。翌年の1月15日。黒襟の8番の紫紺ジャージーをまとい、選手権決勝に臨んだ。相手は早大。32-22で破り、2連覇を果たした。四半世紀以上が経過し、監督して対抗戦と選手権をともに制した。「主役は学生」と心に刻み、1歩引いて控えめに喜んだ。

プロの監督を務め、21年に母校に復帰した。私生活の乱れなど、未熟さを実感。「いいかげんなやつに『規律』と言われても信用できない」と断言する。汚い廊下の写真を選手に見せて改善を促すなど「凡事徹底」を意識させた。

社会人を指導した経験から「成長するスピードを肌で感じる。学生指導ならではの楽しみ」と違いを明かす。今季のチームの変貌ぶりには驚いた。20歳未満飲酒の不祥事がありながら「必死に努力して、失敗を成功に変える姿勢が大事」と実感した。

例年以上に自主性を発揮し、ゲームプランや試合テーマを選手が発案。結果として、21、23年とはね返された壁を破る糧とした。「3回決勝の舞台に連れてきてもらった。いつも悔しい思いをして終わったが、笑顔で終われたことは最高」と感謝。「来年に優勝できるチームを作っていく」と、さらなる前進を誓った。【飯岡大暉】

◆神鳥裕之(かみとり・ひろゆき)1974年(昭49)10月6日、大阪府生まれ。大工大高から明大に進み、3、4年時に2年連続日本一。97年からトップリーグのリコー(現BR東京)に所属。06年の引退後はサラリーマンとして、福利厚生制度などを企画。13年からはリコーを8季率いて、21年から5季明大の監督を務める。趣味は散歩。