プロ野球巨人など日米韓7球団でプレーした門倉健投手(38)が22日、加入したばかりの北海道社会人クラブチーム・伊達聖ケ丘病院(伊達市)の練習試合(伊達市営)で初登板した。同じクラブチームの札幌ホーネッツを相手に5回から救援し、4イニングを被安打4、8奪三振、無四死球の3失点。8回には2ランを浴びた。実戦は昨年6月の韓国以来と調整不足は否めなかったが、ホロ苦い社会人デビューとなった。

 サービス精神たっぷりの社会人野球デビュー戦だった。大学同期の若松敦治(のぶはる)監督(38)に請われて北の大地、伊達市のクラブチームに加入した門倉は、試合前から約100人観衆の視線を独り占めした。ナインと整列すると、1人だけ頭一つ抜けた存在。始球式では捕手役を買って出た。193センチ、90キロの大きな体、表情豊かなマスク、そして長いアゴ。

 期待の新エースは、5回からマウンドに上がった。背番号は14だが、イニシャルは「MASUDA」。選手登録が4月10日過ぎと遅れ、ユニホームが間に合わず、背格好が似ていた過去の選手のものを借用した。当初は終盤1イニング程度の予定だったが、2回に0-7となった場面で、若松監督に「5回からいって」と告げられた。想定外のことが多かったが、気持ちよく受け入れた。

 「投げる予定でなかったけど、球場に来たらお客さんがいるし、チームの今季初戦だというし…」。それでも、4イニング67球を投げた。5、6回のアウトはすべて三振。味方の失策で失点し、一瞬ガクッとしたが、すぐに笑った。3者凡退の7回は、ニコニコ顔で引き揚げた。8回には1死一塁から内角直球を左翼席に運ばれ、アマチュアの洗礼も浴びた。「今日はいろんな球を投げて捕手に覚えてもらうのが1つの目的。ホームランは相手が良く打ったね」。プロで長いキャリアを持つ男としては、不満の内容だったに違いない。しかし、悔しさを押し込めた。

 東北福祉大時代からの友人、若松監督を「都市対抗に連れて行く」と決意してチームに入った。再びプロ野球に戻るという願望は、まだ胸に秘めておく。家族は夫人と2男1女だが、当面は単身赴任だ。「(家族は)近いうちに応援に来ますよ」。そう話したときは、優しいパパの顔になった。【中尾猛】

 ◆門倉健(かどくら・けん)1973年(昭48)7月29日、埼玉・入間市生まれ。聖望学園高、東北福祉大を経て、95年ドラフト2位で中日に入団。97、98年に2ケタ勝利を挙げ、00~03年近鉄、04~06年横浜に在籍。06年シーズン後にFAで巨人に移籍し、08年まで巨人でプレー。09年に大リーグ・カブスとマイナー契約したが、同年3月に戦力外通告。4月に韓国のSKに移籍し、11年にサムスン。今年1月に楽天、2月日本ハムの入団テストを受けたが不合格。NPB通算302試合登板で76勝82敗10セーブ、防御率4・36。193センチ、90キロ。右投げ右打ち。