今年のアカデミー賞は人種問題に揺れ、作品賞は本命不在とも言われた。

 開けてみれば、個々のスピーチで人種問題は前向きに語られ、作品、監督、主演・助演男女優の主要6部門を有力作品がバランス良く分け合う結果となった。どんぐりの背比べというより、秀作がしのぎを削った印象である。

 WOWOWの生中継も多種多様な顔が次々に登場して素直に楽しめた。が、1度だけ息をのむ瞬間があった。主演男優賞の発表である。

 プレゼンターは昨年の主演女優賞、ジュリアン・ムーア(55)。厳かな表情で手にしたペーパーを開ける。あっけないほどの早口で「…ゴー・トゥー・リィ…」。この「リィ」を聞いた瞬間に胸をなで下ろした人は少なくなかったはずだ。発音は「リィ」と聞こえる「レ」。そうレオナルド・ディカプリオ(41)のことである。

 スタンディング・オベーションの会場にもほっとした空気が広がるようだった。終盤の主演男優賞の発表が迫るに従い、レオ様の執念が会場全体を重たくしているように感じたのは私だけではないだろう。

 19歳のときに「ギルバート・グレイブ」で助演男優賞候補となって以来、5度目のノミネートでようやくの初受賞である。

 実は、受賞の足踏みはレオ様だけではない。ポール・ニューマンは7度目、アル・パチーノに至っては8度目でようやく射止めた前例がある。が、2人ともハリウッドとは距離を置き、「孤高の人」のイメージが強かった。人気投票の色合いもあるアカデミー賞に執着は感じられなかった。

 対して、レオ様には「賞」への思いがしみ出るようなイメージがあった。11冠の「タイタニック」(97年)ではノミネートさえされなかったことに落ち込んだのか、授賞式を欠席。「ギャング・オブ・ニューヨーク」(02年)では、主役の自分を差し置いて、2番手のダニエル・デイ・ルイスが主演賞にノミネートされる屈辱も味わった。

 投票するアカデミー会員は映画に関わるキャスト、スタッフ。いわば業界の内輪の人たちである。最初は「アイドル的人気への嫉妬」と割り切ることも出来ただろうが、キャリアを重ねるうちに「おれは嫌われ者なのか」と落ち込むこともあったろう。

 一昨年、製作にも関わった「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の鬼気迫る演技は記憶に新しい。薬物の中毒症状で床をはい、泡をはく。青筋を立て、眼をむく。熱演だった。が、これもすんでの所で「ダラス・バイヤーズクラブ」の演技巧者マシュー・マコノヒーにさらわれた。

 40歳を越え、さすがにこてこての熱演は卒業して肩の力を抜くだろう、と思っていた。が、今回受賞に至った「レヴェナント」(4月公開)の演技は「ウルフ-」に輪を掛けた壮絶なものだった。

 西部開拓時代を舞台に、ハイイログマと素手で闘い、生還した男の実話を描いた作品だ。ひげ面の仮死状態は童話の魔法使いをリアルに再現したようであり、美しく死んだ「タイタニック」とは対照的に生々しい生への執着を演じている。

 シカの死骸の内蔵を取り出したと思ったら、その腹の中に入り込んで血まみれで雪山の夜をしのぐ。厳寒の河で魚をわしづかみにし、ピチピチと動くまま頭からかぶりき、飲み込む。もはや演技を超えている。

 これで取れなければ、かわいそうすぎる。もし、今回ダメだったら、時を経て、老成した後の枯れた味で勝負するか、特別賞の類しかオスカーには縁はないだろう、と思っていた。

 受賞スピーチは早口だった。積年の思いが口をついたのだろう。しゃべるだけしゃべって、さっときびすを返した印象だった。

 感謝の思いから環境問題まで論じたスピーチの中で、記憶に残るひと言があった。

 「当たり前(の受賞)とは思っていない」

 そう、あれほどの身を削る演技をしながら、レオ様はまだ「やり切った」という思いには至っていないのだ。次はどんな姿を見せてくれるのだろう。期待は大きいが、かなり怖くもある。【相原斎】