俳優の大滝秀治さんが死去した。芸能面「日曜日のヒーロー」の復刻記事。【2006年4月9日紙面から】
50年、25歳で研修生として劇団民芸に入団した。同期には女優奈良岡朋子(76)がいた。入って早々、宇野さんから「壊れたハーモニカみたいだな」と悪声を指摘された。不協和音は周りに不快感を与えると、演出部に回された。
「役者をやめろってことだったんだろうけど、公演する度に人数が足りなくなって、いつの間にか演技部に戻った。役者やりたくて入ったからね。ざまあみろって思ったな」。
声帯を変えようと、たばこをほぐしてせんじ、さらに細かい砂を混ぜて、うがいをしたこともあった。しかし、3日ぐらいで声が出なくなった。医者に診せたら「のどが荒れている」と言われ、やめたという。
「必死だったんだろうな。でも、伊丹十三君の映画『お葬式』に出た時、伊丹君が言うんだな。『3人の女優がいて、配役を考えるとすると、話す声の区別がつかないと、3人とも採る気がしない。そういう意味では、大滝さんは100人、1000人いても聞き分けられる。いい特徴ですね』と。僕もおっちょこちょいだから舞い上がっていたら『僕はゲテ物趣味ですから』。ひどいこと言うよな。そんな声でも、今、CMのナレーションをやってるんだから、世の中も変わってきたね」。
この世界に入るきっかけとなった滝沢さんは「セールスマンの死」「炎の人」の舞台で知られる名優だが、大滝は1度も褒められた経験がないという。
「僕が『目の前の池も、これが海だと言われれば、そう錯覚することができる』って後輩に言ったら、後で滝沢さんが『とんでもないこと言うね、池は池だよ』って言うんだ。池が池なのは当たり前。役者は自分以外の人間をどうやって演じたらいいと言うんだよ。役者はうそや誇張でみせて、人を屈服、感動させる商売だと思うけどな」
「審判」で高い評価を受けて以降、ドラマ、映画にも数多く出演した。75年から倉本聡氏脚本のTBS系日曜劇場「うちのホンカン」シリーズに主演。北海道の小さな駐在所の昔気質の頑固な警官を演じた。77年からはテレビ朝日系「特捜最前線」に8年間レギュラー出演。人情味あふれる船村刑事役で人気を得た。
「『うちのホンカン』は初めての主役だから、舞い上がってしまってね。しかも、妻役が八千草薫さんだったから、びっくりしてどうしようもなかったな。倉本さんは恩人だね。こいつをほっとくとダメだからって、いじりたくなるんだろうなあ」。




