6月、大原サッカー場。浦和GK西川周作(30)は、練習を見学に来たプロゴルファーと、1つの話題で盛り上がっていた。

 「ゴルフはアドレス(構え)が大事です。きちんとした構えさえできれば、レールに沿うように、自然といいスイングができます」

 「似てるかもしれませんね! サッカーのGKも、いい反応ができるかどうかは、すべて構えにかかっています」

 力の抜き方。スタンス。手の位置。共通点を見つけるたびに「そうそう!」「ありますよね!」と手をたたいてうなずきあった。

 西川はゴルフはしない。それだけに「新鮮な驚きがあります」と言う。

 まったく違う競技のようで、実は共通するものがあった。考え方のヒントももらえた。意外な“収穫”に、顔がほころんだ。

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 GKにとって大事なものは何か。そう問われると、西川は「準備」と答える。

 相手がシュートを打ってくる直前、どんな球筋にでも反応できるような構えができているか。西川の構えは、あらゆるパンチに反応できる、手だれのプロボクサーを思わせる。

 腰を落としすぎず、上げすぎず。足を開きすぎず、閉じすぎず。そんな“ニュートラルポジション”で、スッと力を抜く。

 シュートが連続して飛んでくる場面。至近距離で細かいパスをつながれ、いつシュートがくるか分からない場面。そんな時でも、シュートの寸前には必ずこの基本の構えに戻る。

 それがシュートをセーブする確率を最大限に上げられる方法だと、西川は考えている。だからこそ、プロゴルファーと「構え」についての話が盛り上がった。

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 構えの大事さを、手軽に体感する方法がある。可能なら、実際にやってみていただきたい。

 だらりと下げた状態の両腕を、顔の前に飛んできたボールをキャッチする形に、できるだけ速く動かす。

 腕のスタート位置が身体の横、もしくは後ろ寄りでは最速にならない。顔の前までの距離が遠くなる。

 最短距離を取れるスタート位置は、両太ももの前だ。野球をしていた方などはここでつい、手のひらをボールが飛んでくる方に向けるかもしれない。

 だがこの状態から真っすぐ腕を挙げると、ボールが飛んでくる方向には、手の甲が向く。手のひらを前に向け、ボールをキャッチする形を取るためには、弧を描くように腕を動かさざるを得ない。

 逆に、手のひらをやや身体の内側に向けた構えからなら、腕を直線的に上げられるはずだ。

 高速で飛んでくるシュートを止めるためには、瞬時の反応が求められる。

 動かす腕が遠回りの弧を描くか。最短距離の直線を描くか。そんなディテールが、失点を防げるかどうかを左右する。つまり、試合の行方を左右する。

 だからこそ、西川は突き詰める。手のひらの角度のような細部までこだわり、理想の「構え」を求める。

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 この体感法を教えてくれたのは、浦和の土田尚史GKコーチ(49)だ。西川は「浦和に来て、土田さんと出会ったことは、自分にとってとても大きかった」とうなずく。

 「土田さんの教えはとてもシンプル。でも自分が今まで、できているつもりでできていなかったGKとしての基本を、しっかりたたきこんでくれました」

 構えの大事さにこだわるのも、土田コーチの影響が大きい。そして「土田門下」からは、これまでも好GKが輩出されている。

 西部洋平。山岸範宏。徳重健太。都築龍太。加藤順大。土田コーチに指導を仰いだGKは浦和、もしくは他のJ1クラブで、もれなく正GKになっている。

 現在、西川の控えとしてベンチにいる大谷も「どこのJ1クラブに移籍しても正GKになれる」との評価を受けている。

 土田門下2年目の岩舘、ルーキー福島(6月からJ3鳥取に育成型期限付き移籍)も、いずれ先輩GKに続くだろう。

 代表クラスを次々と育てる、国内屈指の名伯楽。しかしコーチとしてのキャリアは、屈辱的と言ってもいいような「挫折」から始まっていた。

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 02年春、鹿児島・指宿での春季キャンプ初日。この年からGKコーチに就任した土田コーチは、同じく新任のオフト監督にあいさつをした。

 自己紹介の流れで、気を利かせたつもりで言った。「オフト監督はどんなGKが必要ですか?」。するとオランダ人指揮官は、大きな目をギョロリと動かし、土田コーチに反問した。

 「逆に聞くが、君はどんなGKが育てられるんだ」

 「存在感があり、チームを鼓舞できるようなGKを育てたいと思っています」

 「では君の理想のGKはどんなGKだ?」

 「そりゃ、存在感があって…」

 「もういい」

 オフト監督は首を振り、切って捨てた。

 「考えがまったく整理されていない。そんな君に何ができると言うんだ。君はここには要らない」

 絶句する土田コーチに、オフト監督は畳み掛けた。「磐田の合宿に行け」。

 翌日、鹿児島・鴨池の磐田の合宿地。サックスブルーのユニホームの中に、1人だけ赤と黒の練習着がまじっていた。

 そこはオフト監督の古巣。鈴木監督、柳下コーチ、森下GKコーチといった磐田の首脳陣はみな、事情をよく分かっていた。土田コーチに「オフトさんらしいね」と笑ってみせた。

 そして、オフト監督がきちんと体系化された指導理論を求めることを、異口同音に教えてくれた。

 3日後。土田コーチは浦和の合宿地に呼び戻された。「あの短期間ですから、ショック療法というか、意識付けの意味が大きかったように思う」と振り返る。

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 そこから土田コーチは、オフト監督の徹底指導を受け続けた。

 毎日のように、指導リポートの提出を求められた。そして「この指導は、8巻から本を読ませるようなものだ。1巻は? 2巻はどこにいった?」と厳しく指摘された。

 「存在感あるGKをつくる」というような、抽象的な指導ではない。物事をきちんと順序立てて、理詰めでセーブの確率を高めていく。そんな指導法が、ここで培われた。

 土田コーチは現役時代、日本代表GKだった横山謙三監督の指導も受けた。自分の中に、まったく理論がなかったわけではない。

 「ただ、とにかく理論が体系化されていなかった。オフト監督は本棚をつくって、きれいにそろえることを教えてくださった。あの人と出会わなければ、きっとここまでGKコーチを続けることはできなかった」

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 初めてあいさつをした日に戻ったなら、オフト監督の「理想のGKとは」という問いに、どう答えるか。

 そう聞くと、土田GKコーチは「できることを確実にやるGK」と即答した。

 横っ跳びでのビッグセーブは見る者の目を引くが、いわば「アドリブ」だ。不確定要素が多い。

 それよりも「確実」を重視する。足がすぐに動く。どんな方向のシュートにも手が伸びる。そんな理想的な「構え」を取れるよう、反復練習や意識付けで教え子にたたき込む。

 西川は「山岸さんもそうだし、西部さんもそう。土田コーチの指導を受けたGKは、シュートに対してすごく足が動く」とみる。

 シュートコースに1歩足が出れば、ボール2つ分は違うと、土田コーチはとらえている。

 そうすれば、手が届かなかったボールがパンチングでクリアできる。パンチングが精いっぱいのボールをキャッチできる。それこそが、求める方向性だ。

 14年の浦和入団当時、すでに代表クラスだった西川に、土田コーチは改善すべき点を2つ指摘した。

 相手がシュートする瞬間、GKは小さくジャンプしてタイミングをはかる。この「プレジャンプ」が、西川は大きかった。

 反応自体が遅れるだけでなく、身体が必要以上に沈み込んでしまい、足が動かなくなっていた。

 そしてプレジャンプ時に上体もグッと力んでいたため、自然と両ひじを後ろに引いてしまっていた。

 この悪癖で、シュートコースに手が出るのも一瞬遅くなっていた。

 土田コーチは言い切る。

 「ファンブルが多いGKっていますよね。あれは偶然じゃない。構えや予備動作といった、準備の部分に問題があるから、ミスの確率が高まるんです」

 ボール保持者を追い続け、シュートにフォーカスするテレビ中継には、シュート以前のGKの動作は映らない。

 西川は8月、2試合連続でアシストを記録するという、リーグ史上初の快挙を成し遂げた。フィールド選手顔負けの左足キックの精度は、ファンやメディアも注目するところだ。

 その一方で、決して目立たない「準備」の部分を、土田コーチと西川は3年かけ、徹底して磨いてきた。

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 「今、西川は『究極の余裕』を目指していますよ。その境地に、いずれは手が届くかもしれない」

 全体練習終了後、居残りで黙々とランニングする西川を見ながら、土田コーチが目を細めた。

 理想の準備を突き詰めていけば、よりよい体勢でシュートに対処できる。心理的な余裕も生まれる。

 汗をぬぐいつつ引き揚げてきた西川は「そうですね。他のGKが横っ跳びするシュートを、余裕を持って正面でキャッチしたいです」とうなずいた。

 「そうすれば、すぐに攻撃につなぐこともできますよね。横っ跳びでかろうじてはじき出して、相手のCKになるのとは、大きく違ってくる。そうやって先手、先手の試合運びができれば、チーム全体に余裕も生まれます。GKの余裕は、チームの余裕につながると、僕は思っています」

 9月1日のUAE戦を皮切りに、18年W杯ロシア大会への出場権をかけたアジア最終予選が始まる。

 各国の実力は拮抗(きっこう)してきている。西川が最後方で守る日本代表も、時に接戦を強いられ、戦う選手たちに大きな重圧がかかることもあるだろう。

 「そういう局面でこそ、余裕を持つことが大事になる。そのためにも、いい準備というものを突き詰めたい。僕もそうですけど、日本人は体格や身体能力では世界に劣る。だから準備の部分を丁寧に磨いていくしかないと思うんです。この方向性が正しいということを、僕は予選を通して証明していきたい」

 予選最後の笛を、西川はどんな表情で聞くだろうか。それが笑顔であったとすれば、守護神として目指す「究極の余裕」にたどり着いたということかもしれない。【塩畑大輔】

 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。