日本代表のFW浅野拓磨(21=広島)が“PK強奪”の代表初ゴールを挙げた。後半14分から出場し、終了間際に自ら得たPKを蹴ろうとしたが、ハリルホジッチ監督はキッカーをFW宇佐美に指名。だが指揮官の指示を受け入れず、21歳の新星は意思を貫き通してPKを決めた。日本には珍しいエゴイストな点取り屋。リオデジャネイロ五輪経由で、18年W杯ロシア大会のエース候補に名乗りを上げた。

 会場が一瞬、凍り付いた。後半42分。日本の大勝劇で漂ったお祭りムードが一変した。ゴールライン際を強引に突破したFW浅野がPKを獲得。自ら蹴ろうとボールを抱えたまま離さない。だがベンチを飛び出したハリルホジッチ監督は、大きな身ぶりで宇佐美に蹴るよう指示。1度は宇佐美がPKスポットに近づいたが、それでも21歳は譲らなかった。最後は渋々、同監督が折れるしかなかった。

 「チームとしてキッカーは僕じゃない。監督の中では宇佐美君。でも僕は失うものはないですし結果として(PKを)蹴れなくても、失ったことにはならない。あそこで引いて素直に譲っているようではFWとして得点への貪欲さが足りないことになってしまう」

 かつて、日本には同じような若者がいた。09年9月5日。日本は、強豪オランダと対戦した。まだ代表では新参者だったFW本田が、当時は不動の存在だったMF中村俊輔(現横浜)にFKを蹴らせてくれと主張。ピッチの雰囲気が凍り付いた。得点への渇望と、日本人には珍しい自己主張。それらを武器にして、本田は一気に代表の主力へと上り詰めた。あれから7年の歳月を経て、ギラギラした新人が、ようやくハリルジャパンにも出てきた。

 終了の笛が響くと、浅野はハリルホジッチ監督に頭を下げた。「PKを蹴らせてくれて、ありがとうございました」-。その言葉があったから、わだかまりはない。同監督は「ベンチが全員、浅野、浅野と叫んでいた。ご褒美だ」と、新人の「造反」を不問に付す考えだ。

 ピッチに入れば自分の意思を曲げないが、普段は笑顔の優しい好青年。三重県の自宅から駆け付けてくれた両親と祖父母へ、どうしても国際Aマッチ4戦目の代表初得点を見せたかった。快足が持ち味で今夏のリオ五輪に出場するU-23(23歳以下)代表では中心的存在。リオ経由の18年ロシアへ。日本に頼もしいFWが誕生した。【益子浩一】

 ▼浅野がPKで代表初ゴールを決めた。この日が出場4試合目。国際Aマッチで初ゴールがPKだったのは、トルシエ監督時代の02年5月2日のキリン杯ホンジュラス戦(3-3)で、MF三都主アレサンドロが記録して以来14年ぶりの珍しいケース。前回の三都主は出場4試合目。後半31分にFW西沢が獲得したPKをベンチからの指示でキッカーに立ち、左足で豪快に蹴り込んだ。