<W杯アジア3次予選:日本1-0北朝鮮>◇C組◇2日◇埼玉スタジアム

 麻也が救った、マヤ様だ-。FIFA(国際サッカー連盟)ランク15位の日本が、W杯予選初戦をDF吉田麻也(23=VVV)のロスタイムの決勝ゴールで制した。同114位の北朝鮮戦は0-0のまま後半ロスタイムに突入。終了1分前の同49分に途中出場のFW清武弘嗣(21=C大阪)のクロスを、吉田が得意のヘディングでねじ込んだ。90年イタリア大会予選の89年香港戦(香港)で引き分けて以来、22年ぶりにW杯予選初戦で勝利を逃す危機を、この試合が初のW杯予選だった若きDFが「値千金」の一発で救った。

 吉田が救った。19本のシュートを浴びせ、何度トライしても割れなかった北朝鮮ゴールを最後に硬い“石頭”がぶち破った。後半49分。台風の接近で生暖かい風が吹くスタジアムが割れるような歓声に支配された。清武のクロスを中央で吉田がヒット。前半に右足を痛めながら再三の驚異的セーブをみせてきた北朝鮮GKの足元を抜いて尻もちをつかせ、ついにゴールを奪う。ピッチ脇には折り重なるような歓喜の輪ができた。同じ埼玉での05年2月W杯最終予選北朝鮮戦の大黒(現横浜)の劇的ゴールを思い起こさせる締めくくりだった。

 「何とか1点取れて、初戦も取れて良かったです。負けるわけにはいかなかったんで。W杯、アジアカップ、なでしこと続いたサッカー熱を切らさないように、と思っていた」。

 ホームで格下北朝鮮に驚異的な粘りで食いつかれた。相手は負傷しても、足がつっても、退場で10人と数的不利になっても、たくましく向かってきた。ロスタイムのDF今野のシュートはクロスバーにはじかれ、続くFW香川のヘディングも相手GKのファインセーブに遭った。W杯予選初戦では22年ぶりの引き分け発進が現実になりかけた。そんなシナリオを、一瞬で書き換えた。

 初めてW杯予選のピッチに立った。代表入りさえ果たしていなかった約1年前は名古屋市内の病院のベッドにいた男だ。左足甲の骨折もあり日本で再手術を受け、リハビリの日々。ベッドの枕元に飾った「闘魂」アントニオ猪木のブロマイドで気持ちを強く持った。尊敬する日本代表の先輩、名古屋GK楢崎が“アゴ”つながり?

 で勝手に自身のサインを入れて送った世界に1つの珍品。これがお気に入り。明るい吉田の支えになった。

 土壇場に強い。優勝した1月のアジア杯でも格下相手の初戦、ヨルダン戦で終了間際に同点ゴールを決めた。この時もヘディング。「追い込まれないと得点力が出せないのがボクの課題」と言うが、それ以来のゴールで再び窮地を救った。オフで帰国中の今夏、ザッケローニ監督から「お前はまだ伸びしろがある。ただ、ここで満足したらもう代表には呼ばない」とキツいゲキを飛ばされた。自らを見いだし代表へと引き上げてくれた指揮官にも恩返しした。

 試合前、会場上空には虹がかかった。3年後のブラジル大会へと続くアーチなのか。つかみ損ねそうになった吉兆を、吉田がつなぎ留めた。「この流れを継続して、次も勝ち点3を取りたい」。日本は何とか、勝ち点3とともにW杯へとこぎ出した。【八反誠】