年間勝ち点3位で第1ステージ覇者の鹿島が、7年ぶり8度目のリーグ優勝を果たした。同1位の浦和に先制を許したが、前半40分にFW金崎夢生(27)が同点弾。後半34分にもPKを決めて2-1とした。第1戦で敗れた鹿島は通算1勝1敗、2戦合計2-2と並んだがアウェーゴール数で上回った。通算18冠を成し遂げ、開催国代表として8日開幕のクラブW杯に初出場する。石井正忠監督(49)の来季続投も決定的となった。

 痛快な下克上が、今季のJリーグを締めくくった。年間勝ち点59の鹿島が同74の浦和を押しのけ、てっぺんに立った。その差は実に15。14年まで、もしくは17年以降なら年間3位だった鹿島が年間王者になった。

 金色の紙吹雪の中、7年ぶりに取り戻した優勝皿シャーレが掲げられ、石井監督は5度、宙に舞った。涙で頬をぬらしながら「このCSを取った者が今年のチャンピオンです」と強調した。約6万人が凍りついた敵地で、うち2000人だけの鹿島サポーターの合唱が響く。コントラストが皮肉な逆転劇を際立たせた。

 歴史を変えた。初戦黒星からの逆転VはCS11度目で初めて。先制されたが、関係ない。2点を取っての勝利が必要な第2戦。1失点に影響はなく、開き直って攻めた。金崎が前半40分に同点ヘッド、後半34分に決勝PKを決めた。石井監督は後半途中からDF西をボランチ、FW赤崎をMFで起用。1度も打ったことがない手だった。ペトロビッチ監督就任後の浦和戦は1勝2分け8敗だった。それでも、この試合を取ればいい。不条理でも、勝負に徹した鹿島が戴冠した。

 歴代最多17冠を誇る鹿島にとって、最長ブランクとなる7年ぶりリーグ制覇。過渡期だった。3連覇した前回Vの09年から残るのは小笠原、曽ケ端、遠藤の3人だけ。内田と大迫がドイツへ、興梠がライバル浦和へ移籍。「信じられないほど弱い」(柴崎)「今いる選手は常勝の伝統を壊した集団」(昌子)になった。

 苦悩は続く。12年は残り2節まで残留争いに巻き込まれ、世代交代を進めた13年は7年ぶり無冠。14年末にはDF中田が引退し、2点差で鳥栖に勝てば優勝できた最終節で0-1。勝負強さは、どこへ。小笠原は泣いた。「若手は自分でポジションをつかんだわけじゃない。(中田)浩二に『安心して』と言えねえ」。

 15年夏にはトニーニョ・セレーゾ監督を成績不振で解任。コーチから昇格した石井監督の所信表明は「勝利への執着心を取り戻そう」。ジーコの教え。初ミーティングも、球際の攻防シーンだけ集めた映像を見せた。前線からボールを奪い、速攻で仕留める。黄金期の姿で、この日も浦和を圧倒した。

 沈んだ過去6年に比べれば、勝ち点15差をひっくり返す一発勝負はチャンスでしかなかった。11年の東日本大震災後、初優勝。被災地の児童を招待し、負けた試合で小笠原は土下座した。「元気になってもらうはずが、逆に励まされた」。勝ってこそ鹿島-。体現した主将は「年間勝ち点3位は悔しいけど、ルールはルール。勝ちは勝ち」。鹿島が、18冠王者として定位置に返り咲いた。【木下淳】

 ◆年間勝ち点3位以下からの年間優勝 今季の鹿島は年間勝ち点3位。同3位以下の年間王者は、99年磐田(年間勝ち点6位=1位清水と16差)00年鹿島(同3位=1位柏と3差)に次いで3度目。鹿島は今回が2度目で、年間勝ち点1位の浦和に勝ち点15差だった。

 ◆史上初の「逆転V」 鹿島は第1戦に0-1で敗戦。過去10度のCS決勝は初戦に勝ったチームがそのまま優勝していた。第1戦に敗れながらの年間優勝は、今回の鹿島が初めて。

 ◆16年CS決勝の大会方式 ホームアンドアウェーの2試合制。90分で勝敗が決しない場合は引き分け。2試合が終了した時点で勝利数が多いチームが年間王者となる。2戦終了時で勝利数が同じ場合は<1>2試合の得失点差<2>2試合のアウェーゴール数<3>年間勝ち点1位チーム(浦和)の順で決定。年間王者となった鹿島は、第1戦がホームで0-1敗戦、第2戦がアウェーで2-1勝利。2試合の勝敗は1勝1敗。続く勝者決定方法の<1>も2戦合計2-2でともに得失点差0。<2>は鹿島が2点、浦和が1点。<2>のアウェーゴール数の差で鹿島が優勝。