<J1:鹿島3-1柏>◇第24節◇8月31日◇カシマ

 柏ネルシーニョ監督(63)が鹿島戦後、電撃的に辞任を表明した。敗れた後の会見で「今日が私の最後の試合。このポジションで仕事をする以上、1~3位にいるのが私の使命。下位にいるのは我慢できない。今日の試合で決めたわけじゃない。冷静な判断だ」と話した。

 選手たちには記者会見に臨む直前、試合後ミーティングで辞任を伝えた。普段のミーティングより時間が長引き、通常はアウェー監督→ホーム監督の順番に行うはずの会見は、鹿島セレーゾ監督が先になったほど混乱した。この日、意地のゴールを決めた日本代表FW工藤壮人(23)は「僕の口からは何も言えません」と口をつぐみ、MF大谷秀和主将(28)も「ちょっと混乱しています」。クラブ首脳も一様に硬い表情でスタジアムを後にした。

 ただ、リーグ戦、天皇杯をはじめ、日本勢で唯一8強入りしているアジア・チャンピオンズリーグや、ナビスコ杯準決勝と、今後も過密日程で試合は続く。同監督の突然の辞意表明は不可解極まりなく、現場を大混乱に陥れかねない。

 確かにクラブがさまざまな意味で転換期にあったことは間違いない。吉田達磨強化部ダイレクター(39)を中心に築き上げた下部組織は、バルセロナのようなポゼッションサッカーを志向。ネルシーニョ監督のもとショートカウンターを得意とするトップチームにも工藤やMF茨田ら「吉田門下生」が増え始め、クラブ内にも将来的にはトップと下部組織の戦術統一が望ましいという声もあった。

 また東京Vで仕事をともにし、ネルシーニョ監督を連れてきた小見幸隆氏(元強化本部統括ダイレクター)や、竹本一彦氏(元柏ゼネラルマネジャー)らが相次いでクラブを去った。同監督がそろそろ引き際だと感じてもおかしくはない。

 クラブ側はまだ辞任を受理しておらず、今日1日以降に話し合いがもたれる。ただ同監督は95年に日本代表監督要請を突如撤回された際、「ナガヌマ(長沼健会長=当時)カワブチ(川淵三郎副会長=同)は、腐ったミカンだ!」とこき下ろすなど激情型で頑固な性格で知られる。辞任表明を取り下げる可能性は低い。

 もし、ネルシーニョ監督が退くことが決まれば、後任には井原正巳ヘッドコーチ(45)や、吉田強化部ダイレクターらが候補となる。いずれにせよアジアの頂点を目指す大事な時期に、その直情的な行動に責任感は感じられない。【千葉修宏】

 ◆ネルシーニョ

 1950年7月22日、ブラジル・カンピーナス市生まれ。本名ネルソン・バプチスタ・ジュニオール。現役時代はサンパウロなどで右SBとして活躍。95年にV川崎(現東京V)監督として第2ステージ優勝。97年にはクルゼイロを率いてトヨタ杯にも出場。03年8月から05年9月まで名古屋監督。09年7月、柏の監督に就任すると、10年J2優勝。翌11年には史上初となる昇格初年度でのリーグ制覇を勝ち取った。12年度天皇杯優勝。

 ◆ネルシーニョ監督の過去の衝撃発言

 V川崎(現東京V)監督時代の95年にリーグ制覇した手腕を買われ、同年11月に日本サッカー協会から代表監督就任を要請され内定。だが、急転直下で破綻。その交渉の経緯を自ら語り、協会首脳陣に対して「アマチュア以下、腐ったミカン」と激怒した。96年4月には開幕から5勝4敗と低迷した責任をとり、V川崎の監督を電撃辞任。「我慢できる範囲を超えた。プロの監督としてストレスがたまり、このまま指揮を執るエネルギーが残されていない」。